短編小説(2庫目)

 空が回っている。
 回っていないと思ったのもつかの間、外に出れば空が回る。
 どこまでもいけると思っていた、だがそれは錯覚だった。
 ぐるぐると回る。駆け巡る、あのときのこと、そのときのこと。
 恥。憎悪。罪悪感。失望。それら全てをかき混ぜたものがぐるぐると回る。

 過去に何があったのかは知らない。俺は勇者で、旅をしていて、それだけわかっていればよかった。
 過去は灰色、何もわからぬノイズで埋め尽くされていたはず。それが時折降ってくるようになったのは最近の話。
 忘れた、蓋をしていた、と思っていた。
 ひょっとすると、自分を罰する理由が欲しいだけなのかもしれない。
 罰する?
 なぜ?
 わからない。

 使命がある。旅をして、そこに辿り着くという使命が。
 辿り着いて何をするのだっけ?
 それも灰色。
 忘れているのだ。
 灰色でもいいと思っていたしそれに満足していたのにどうして今になって降ってくるのだろう。
 未来は依然灰色なのに過去だけ鮮やかになるのは理不尽だ、と思う。
 過去など無であればいいのだ。虚無でいい、空洞でいい。そのはずなのに降ってくる。
 神が俺に使命を思い出させようとしているのだろうか。
 それは違う。この世界から神はいなくなったはず。だからそんなことは起こりえないはずなのだ。
 だったらこれは誰がやっている?
 やはり俺なのだろうか。

 遠くに行って蟹を探そうと思っていたのだ。一人で砂浜をあちこち駆け回って、貝を拾ったり、波で遊んだり、そんなことができると思っていた。
 なのに。

 鮮明になった灰色は重く、俺の足に纏わりついて放さない。
 おかしいと思っている。何がおかしいのか、何もかもが最初からおかしい。
 灰色も、罪も、失望も、諦念も、全てがおかしい。間違っている。
 それならこんなものはリセットした方がよかったのだろうか。
 けれどもできない、俺は勇者で、使命があるから。
 内容すら忘れてしまった使命のために進み続けることに何の意味があるのだろう?
 本当は使命などないのかもしれない。あると思っているだけで、何もなくなってしまったのかも。
 あるのは世界への失望だけ。
 そんなものを抱えて、降ってくるものに悩まされながら歩いている。

 外に出ると空が回る、だから外には出たくない。
 何が足りないのか、何が悪いのか、何もかもがわからない。何もかもがおかしくて間違っているのなら、何もかもが悪いのかもしれない。それもわからない。わからないから回すしかない。
 ぐるぐると回してどこに辿りつこうとしているのやら。
 剣をしまったまま、ただ砂浜を目指すだけ。
 何かがあると信じなければ歩き続けることはできないから。
 仮にそれが嘘だったとしても。
62/123ページ
    スキ