短編小説(2庫目)

 猫が出る。
 本物の猫ではない、幻想の猫。

 幻想の猫は魔で、取り憑いた者を殺すという。
 そんなことは嘘だと知っている。これはただの思い込み。よく見る夢にすぎない。

 猫はくつろいでいて、俺の頭の上で目を細めている。
 この猫が魔だなんて信じられないし、信じたくない。別に猫が好きだからではなく、信じるとお祓い等が必要になってくるので面倒なのだ。
 俺は面倒なことはしたくないし、嫌いだ。新たな行動を起こすにはエネルギーがいるし、それが必要かどうか判断する気力も必要だろう。
 だからこの猫が何か面倒なものだとかそういうことは極力考えたくなくて、ただでさえ毎日頭が重くて体がだるくて耳鳴りがしていて、幻想まで見えるとなれば新たなことを始めるエネルギーなどとても。
 だからそのままにする。猫が魔であろうが何であろうがどうでもいい。俺の頭の上でくつろいでいればいいんだ。

 猫が喉を鳴らしている。寝ている俺の腹部に頭をぐりぐりと擦りつけている。
 本物の猫がこんなことをするのかどうかは知らない。なにぶん幻想なので。
 布団の中を這い回ったりもしている。まるで猫が何匹もいるみたいに。
 俺の家に猫は一匹のはずなのだ。黒くて目が金色の猫が一匹。
 何をしてほしくて猫はここにいるのだろうか?

 本物の猫はどうも相当気まぐれで、飼うのに責任が必要な生き物らしい。
 俺は猫は好きでもないし、生き物を飼うなんて絶対にごめんだと思っている。
 幻想の猫もそう。別に好きだから対応しないでいるわけではないし、猫の方もただ俺が寝ているときに出てきてじゃれてくるだけで、特に何の意図もないのだと思う。
 動物霊というのはそんなものだろう。
 動物霊?
 果たしてこれはそんなものなのだろうか?

 わからないまま日が過ぎる。
 俺の体調は日々悪化してゆく。
 猫は相変わらずだ。出てくる頻度が上がるわけでも下がるわけでもない。
 どうでもいいんだ、何もかも。
 ここに猫がいるかどうかも、俺が寝ているか起きているかも、猫の目が輝いているかどうかもどうでもいい、心底どうでもいい。
 それなのに体調だけが面倒なことになっていく。
 ただただ面倒だ。
 鰹節で手打ちにしてくれないだろうか。
 そもそもこの体調変化の原因が幻想の猫だなんて理由はどこにもないわけだし、猫が魔のものだとかいうのも人間が勝手に考えた文化でしかないわけだし。
 そう考えると何もかもがいっそうどうでもよくなってくる。元々どうでもよかったものがさらにどうでもよくなったらそれは無そのものなのではないか?
 虚無。

 どうでもいいと繰り返すということは、本当はどうでもよくないということなのだろうか。
 考えてみてもわからない。今はただ眠い。寝ても寝ても眠気が消えない。猫は甘えてくる。
 猫は何なのだろうか。
 さっぱりわからないのだ。何もかも。

 だから俺は猫に椀を買った。
 部屋の隅に置いている。
 何も入っていない椀に猫は寄りつかないし、何かを食べるわけでもない。
 ただ俺に甘えている。
 体調は相変わらず悪いまま。

 今日も、猫が出る。
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