短編小説

「初対面で舐められてしまったら、以降一生かかっても取り戻すことはできないんだよ」
 は? と僕。
「何が言いたいの? 僕が君を舐めてるって言いたいわけ?」
「そんなことは言ってない」
「じゃあ、何」
「ちょっと言いたくなっただけ」
「はあ……」
 Fがちょっと自分に酔ったみたいな発言をするのは今回が初めてじゃない。何かショックなことがある度に、Fは僕のところにやってきて格好つけるのだ。格好つけようとしているだけで、ちっとも格好よくは見えないが。
「だって舐められてるんだよう僕はどうせ……」
「話が見えない。誰に舐められてるの?」
「みんなにだよ!」
「はあ、みんなに」
「そうだよ! 同期も後輩も先輩も、道行く人たちもみんな僕のことを馬鹿にするんだから! 口では言わなくても心の中で馬鹿にしてるんだよ! 見下してる! 取るに足りない奴だと思ってる……それを僕がわからないとでも!?」
「馬鹿にしてるかどうかは知らないけど、君はそう思ってるわけだ」
「そうだよ! もう疲れたんだよ! 誰にも彼にも馬鹿にされて軽く見られて! 僕の存在って何なわけ!?」
「どうどう。馬鹿にしてたら君の話なんて聞かないさ」
「わかんないだろ! 馬鹿にしながら聞いてるかもしれないじゃないか!」
「馬鹿にしながら……?」
 僕はFを馬鹿にしているのだろうか。ダメージを受ける度やってくるFのことをまたか、とは思っているが馬鹿にしては……いや、しているのか?
「ほらね、馬鹿にしてるんだよ君は。そうやって僕のことを。知ってるんだぞ僕は。隠そうとしても無駄だよ僕は馬鹿にする目には敏感だからね。そこだけは自信あるんだよね」
「そんなところに自信持ってどうするんだよ……」
「ほらまたそうやって馬鹿にして! 君もみんなと一緒だよ!」
「いや僕は別に特別な存在とかじゃないからな」
「言っちゃなんだけどね、僕は君のこと親友だと思ってるんだよ」
「それはどうも」
「また馬鹿にする!」
「いや……」
「君になら何でも言える、君だけは僕の話を馬鹿にせず聞いてくれると思ってたから! それがどうだ! 今や君も僕のことを馬鹿にしている! 僕はもううんざりだよ!」
 そこまで言われる筋合いはない。僕だってFの度々の叫びをずっと聞き続けてきたのだ。そこに対する感謝なんかはないのか? それともこいつはリターン無しの関係が長続きするとでも思っているのか?
 そう言いたかったが、そんなことを言ったら本当にFとの関係が切れてしまうと思って、僕は黙った。
「何で黙ってるのさ……僕のことを馬鹿だと思ってるからでしょ……」
「違うって……」
 僕がFのことを本当に馬鹿にしてるかはともかく、否定しておかないと関係破綻の道筋を作るだけだと思って否定する。
「馬鹿だと思ってないならどうなのさ、何だと思ってるのさ」
 何だと思ってるかって? Fを?
「え、何だろう……」
「考えたことないわけ!? それだって舐めた態度じゃない!?」
「いやみんながみんな誰かのことを自分にとって何だろうなんて考えないだろ」
「考えるよ、僕は!」
「君は考えるんだろ。でも、僕や他の人が絶対そういうことを考えるわけじゃない、現に僕は考えたことないし」
「じゃあ今考えてよ!」
「ええ……」
 今、ときたか。また随分無茶な注文だ。
「ええと僕は……」
「僕は?」
「君のことを……」
「ことを?」
「かわいい」
「え」
「と思ってる」
「はあ? 何それ? 舐めてるの?」
「いや……素直な感想だ」
「感想? 僕が? かわいい? 君って何なわけ?」
「僕も困ってるよ、まさかこんな言葉が出るとは思わなくて」
「かわいいってことは舐めてるってことじゃないか!」
「そうかな……」
「そうだよ!」
「駄目か?」
「駄目……駄目じゃない……けど」
 Fは俯いた。その視線はうろうろと落ち着かない。
「まあ何やかんやで君のことが好きじゃないと僕だって君の話なんか聞き続けないさ。ずっと聞いてきただろ」
「そうだね……」
「それで僕が君を人間として見てないと思いたいなら思えばいいさ」
 Fはため息をついた。
「君はずるい」
「それはどうも」
「また馬鹿にしてる……あーあ、何で誰も僕のことを人間として見てくれないのかなあ……」
 誰よりもFのことを人間として見ていないのはF、君じゃないのか。そう言いたかったが、やめる。そこに気付かれてしまって、もし皆がFのことを人間として見るようになったらどうする? Fは誰からも評価されず悩み苦しみを吐き散らしているところが……
「ねえってば!」
 そこで僕は我に返った。
「夕飯どうするって聞いてるんだけど」
「ああ……」
「ラーメンがいいなラーメン」
「いつものとこ?」
「うん」
 日が暮れる。夕焼けが街を遠く染めていた。


(おわり)
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