短編小説(2庫目)

「青春したーい!」
 ある秋の夜、蟹が突然言い出した。
 青春って。学生じゃあるまいし。
「そんなこと言われてもな……お前、蟹学校で青春しなかったのか?」
「僕は真面目だったからね!」
「真面目だったから遊ばなかったって?」
「そう! だから青春したーい!」
「俺、青春って歳じゃないからお前と青春するのは無理だよ」
「青春に歳なんて関係ないでしょ! いいじゃん青春しようよ~」
「無理だって」
「え~、しようよぉ~」
「じゃあ訊くがな、青春っつったって何するんだ? こんなご時世、海にも山にも行けないだろ。河原で夕日に向かって走るのも無理だし」
「君もよく知ってるんじゃん! 青春! ほんとは憧れてるんじゃな~い?」
「ばっ憧れてなんか……」
「ニヤニヤ」
「擬音やめろ」
「じゃあさ、夜ご飯の後に一緒に映画観ようよ~!」
「なんかそれおうちデートみたいじゃないか?」
「同居してるのに何を今さら」
「映画はあんまり好きじゃない」
「じゃあ蟹Tubeでも観ようよ~」
「動画は一人で見たい」
「……わかった、デザート作るから一緒に食べよう」
「それ青春か? いつも通りでは?」
「ふっふっふ……いつも通りじゃないんだよ。聞いて驚け。今日のデザートは……ラムネフルーツポンチでーす!」
「おお……!」
「いいでしょいいでしょ」
「青春だな……」
 と言ってしまってから、何が? と思ったが、たぶんラムネがシュワシュワで青春っぽいからとかそういう感じの何かだろう。
「楽しみにしといて!」
「ああ」
 コオロギが鳴いている。
 今日も俺と蟹は元気だ。
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