短編小説(2庫目)

 道を掘っている人がいた。
「えっさかほいさ」
「何を掘っているのですか」
「えっさかほいさ」
「何を」
「教えてほしいですか?」
 問われたので、私は考える。
 よく考える。
 そして、
「いえ、そんなには」
 と答える。
「えっさかほいさ」
 掘っている人は作業を続ける。が、
「やっぱり教えてほしいです」
 と私は言った。
「ちょっとね、魔王の欠片をね」
「……それは反逆ではないですか?」
 思わず、言う。
 おやおや、と相手。
 私は続ける。
「魔王の欠片など、許されてはいないでしょう」
 反逆。紛れもない反逆である。
 魔王は許されない。
 魔王とは罪である。
 この世界を■に変えた、許されざる存在。
「許されなくても掘りますよ」
「なぜですか」
「私自身が魔王だから、と言ったら信じますか?」
「……そんな」
 私は改めて、掘る人を見る。
 平民の服を着ている。
 とても魔王には見えない。
「馬鹿にしないでください。あなたは魔王ではないでしょう」
「馬鹿になどしていませんよ」
 掘る人は、掘る作業を続ける。
「私が魔王だったら、君、どうします?」
「どうするって……」
「勇者でしょうに」
「なぜ、それを」
 隠していたのに。
「見ればわかりますよ。顔に書いてありますから」
「えっどこに」
 私は顔を触る。
「その顔じゃないですよ」
「驚かさないでください」
「あなた、本当にわからないんですか?」
 そのとき、掘る人のスコップがかちん、という音をたてた。
「おや」
「あの」
 穴の中に紫色の石が見えたような気がして、次の瞬間、
「うわっ」
 突風が吹いて、掘る人はいなくなっていた。
「行ってしまった……」
 私は空を見上げる。
 青い。
 また会えますよ、と聞こえた気がした。
 別に私はまた会いたくはないのだけれども。
 風はまだ、冷たい。



 歩いていた。逃げていた。
 何から?
 「役目」から。
 何の役目から?
 勇者の役目。
 勇者は世界を守らねばならない。
 勇者は秩序を守らねばならない。
 勇者は魔王を倒さねばならない。
 それら全て、何もかもが嫌になって、俺……いや、私は、勇者を辞めた。
 辞めた、と言っても一人で勝手に辞めるわけにはいかない。選ばれてしまった以上は。証もあるし。
 なので逃げている。旅を放棄し、何を為すでもなく当てのない放浪。
『勇者でしょうに』
 あの人は本当に魔王だったのだろうか。
 あの紫色の欠片は何だったのだろうか。
 あの人の言うことが本当だったとしたら、私はどうすればいいんだ?
 どうにもできない。
 するつもりもない。
 ただ放浪を続けるだけ。
 世界がどうなろうと構わないし。
 本当に?
「えっさかほいさ」
 声が聞こえる。
「えっさかほいさ」
「あなたは……」
「また会いましたね、勇者くん」
「自称魔王の人……」
「魔王ですよ」
「また嘘を吐く」
「嘘じゃないんですけどねぇ」
「あなたは結局宝石を掘っていたのですか?」
「ちっちっち」
 自称魔王の人はスコップから手を放し、指を振る。
「宝石は地面からは出てきませんよ、出てくるのは原石です」
「そんなことは聞いていないのですが」
「私が掘っているのは魔王の欠片ですと申し上げたでしょう」
「反逆ですよ」
「それでも掘るとも申し上げました」
「ねえ、魔王の欠片なんかじゃないんでしょう」
「そうかもしれない、そうじゃないかもしれない」
「煙に巻きますね」
「煙に巻くのが好きなんです、魔王だから」
「また、嘘を」
「えっさかほいさ」
 自称魔王の人は掘り続ける。
 土が積み上がる。
「私が石とかを探しているとしたら、原石なんてものはこんな被りの土からは出てこないんですよ」
「はあ」
「出てくるとしたら、誰かが埋めたもの……そう、魔王の欠片」
「なんで私に納得させようとするんですか?」
「それ、君、その一人称ですよ」
「はい?」
「あなた、まだ勇者を辞めてはいないでしょう」
「……」
「逃げたいならば逃げればよろしい。その間に私は欠片を全て掘り出してしまいますよ」
 かちん、と音がする。
 紫色の欠片。
「おや」
「……あの……」
 突風が吹く。
『大丈夫、また会えますから』
 言い残して。
 私は別に会いたくはないのに。
 風はまだ、冷たい。



 『勇者様!』
 歓声は重荷に。
 『勇者様!』
 期待は毒に。
 俺……いや、私は、役目から逃げた。
 運命なんて知らない。
 もしそんなものが本当にあるとしたら、私は最初からこうなる運命だった。逃亡し、当てのない旅を続けてそして弱って、死ぬ。
 何も為さずに。
 それでもいい。
 あの役目と向かい合うくらいなら、何も為さずに死んだ方がずっと。
 だから逃げる、でも、
『あなた、まだ勇者を辞めてはいないのでしょう』
 俺……いや、私。
 正してしまう一人称が、己を物語る。
 逃げられない?
 わからない。
 私はあの人を、倒さなければいけないのだろうか。
 ……嘘に決まっている。
 魔王があんなところにいるはずがないのだから。
「……えっさかほいさ」
 声が聞こえる。
「あの」
「やあ、勇者くん」
「自称魔王の人……」
「魔王ですよ」
「嘘だって……」
「今探しているものが見つかれば、欠片も三つ目です」
「そんな毎回見つかるとは限らないでしょう」
「見つかりますよ」
「なんでですか」
「わかるんです」
「非科学的ですね」
「現時点での科学で全てがわかるとは限りませんからね」
「まあそうではありますが」
「勇者は魔法、神の使徒でしょう」
「そう……ですが、私は勇者じゃありません」
「でも、辞めてはいないのでしょう」
「……」
「えっさかほいさ」
 自称魔王の人は掘り続ける。
 勇者。
 辞めてはいない。
 だって辞められない。選ばれた以上は降りられない、それは「許されていない」から。
「えっさかほいさ、えっさかほいさ」
 私が本当に勇者を辞めるとき、それは死ぬときだ。
 死以外に救われる道はない。
 ……救われる道?
 俺は救われたがっているのか?
 俺、?
 かちん。
「おや、ありましたね」
 紫色の欠片。
「あの……」
 突風が吹く。
『次で最後ですよ、勇者くん』
 私はもう会うつもりもないのに。
 空は青く、風は……
 まだ冷たい。



 私は焦っていた。
 何を?
 焦ることなどない、追っ手だっていないのに。
 勇者の役目から逃げるかどうかは勝手だ、辞めさえしなければそれは一生続く。
 辞めさえしなければ戻る、と思われているだろうことも事実で。
 神は見ている……私の全てを。
 だから逃げられない、これは逃亡にすら入っていない。
 わかっている、ただの茶番。逃げているふりをしているだけ、ごっこ遊び。
 責任を少しでも軽く見せかけるための演技にすぎない。
 そう、私は勇者をちっとも辞められてはいないのだから。
 神の使徒。
 選ばれし者。
 天におわせし神の、その代行者。
 勇者は光、勇者は聖なり。
 勇者の行く手に栄光あれ。
 私は逃げられない。
 例え私が■■であったとしても。
「やあ、勇者くん」
「……自称魔王の人」
「まだそんなことを言っているのですか」
「言うでしょう、そりゃあ」
「私がここにいるということは、君、もう逃げられないのですよ」
「何からですか」
「役目から」
「私は役目を果たしません、逃げているんです。そう言ったでしょう」
「だが、神は見ているのでしょう」
「……」
「君もそれは知っているはず」
「…………」
「ここで私と統合するか、自らを殺して役目を果たすか……どちらにします? 私は別にどちらでもいいですよ」
「……魔王の人」
「ようやく認めてくれましたか」
「私は逃げたい」
「おや」
「向き合うわけにはいかないんです」
「それは不都合だからですか?」
「それもありますが、私はあなたと戦いたくない」
「奇遇ですね、私も君とは戦いたくないんです」
「……それなら、」
「ええ、手を組んでもいいですよ」
「……」
「神の起源を探りに行く。あなた、それがしたいんでしょう」
「私は逃げますよ」
「わかっておりますとも。ですがあなたはそれが……」
「逃げるんです、一緒に。他のことは後回しです」
「……じゃあこれはわけっこですね」
 魔王の人が紫色の欠片を一つ出し、渡してくる。
「それであなたも力が戻るはず」
 俺はそれを取り込んだ。
 風が吹く。
 温度のない風。
 神を。
 その支配を。
「行きましょう」
 と言ったのは俺だったのか、魔王の人だったのか。
 答えを知る者はいない。
 なぜならそれはまだ、これからのことだからだ。
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