短編小説(2庫目)

「さあもうこれで俺とお前は二人きりだ」
 と君は言った。
 扉を後ろ手に閉めながら。
 僕は笑った。
「二人きりになりたかったのかい」
「……そうかもしれない、そうではないかもしれない」
「どっちなのかな」
「どちらかと断定することはできない。俺はもうこれで二人きりだ、と言った、『もう』は肯定の意味かもしれないし否定的意味かもしれない。だが俺にはわからない」
「何がわからないのかな」
「俺自身の気持ちがわからない」
 そうなんだね、と言って僕は遠くを見る。
 教室。海の側の。
 地平線の向こうには灰色の荒れた海がどこまでも広がっていた。外は寒い。
 この部屋は、というと、退館時刻が来て暖房が切れたばかりなので今は暖かいが徐々に冷えてくることだろう。
「寒いね」
「寒い。もう、寒い」
「二人きりだね」
「ああ」
 だからどうする、というわけでもなかった。僕たちが二人きりになったとして、そこに特に発生するような会話もなかったし、だいいちいつもは僕も君もろくな交流がなかったから、それならなぜ今こうして二人きりでいるのかというと、
「なんでだろうね? 君は僕と二人きりになったら何かが起こると思っていたのかな?」
「何を馬鹿なことを。何にせよ、俺たちはいつも二人きりだろ」
 確かに、他者という存在を考慮しないのであれば僕と君はいつも二人きりだと言えるから、君のその理論は間違ってはいない。
 僕は君を見る。
「何かしてほしいことがあったんじゃないのかい」
「道を示してほしい」
「僕にそんなことができないのは知ってるくせに、君も懲りないね」
「できそうだと思ったからな」
「できないよ、僕は神様じゃない。神は死んだ、わかっているだろうに」
「そうだ、神は死んだ。そしてお前が神になった」
「僕にそんなものを背負わせるのは申し訳ないと思わないのかい?」
「申し訳ないも何も、そうするしかもう生き残る術はない」
「じゃあ君が神になったらいいじゃないか」
「俺は神にはなれない」
「どうして」
「余計な傷を負いすぎた」
「それは僕だってそうだけどね、知ってのとおり」
「だが明晰な判断を下せるのは明らかにお前の方だ」
「わからないよ。君の方が常識的な判断を下せるかもしれないじゃないか。やってみないとわからないのになんでも僕に押しつけるのはどうかと思うなあ」
「言うね、お前」
「言うよそりゃ。普段は言えないからね」
「普段もそれぐらい言ってくれれば俺の負担も減るんだがな」
「君が僕のことを忘れるから負担が増えるんだろ、自業自得だよ」
「責めるね、お前」
「そうされたいのは君だろ」
「まあ、そうなんだけどな」
 君は言葉を切る。
 窓の外、鉛色の雲から最後の残光が漏れている。
 夕暮れ。
「だがまあ……そろそろ夕食の時間だし、帰らないか」
「二人きりを望んだのは君だというのに、勝手だね」
「一緒にピザでも食おうぜ。話の続きはそこですればいい」
「こんなご時世だというのに」
「どうせ一人だからいいだろ」
「そうやって僕を粗末にする。君のそのよくわからない悟ったふりは嫌いだよ」
「刺すねえ……」
「刺すとも。だがしかし僕もお腹が空いたのでお相伴にあずかるとしよう」
「何味がいい?」
「普通にマルゲリータかな」
「普通か。普通って何なんだろうな」
「ご飯を食べるんじゃなかったのかい。電気消すよ。ほら、行こう」
「ああ」
 そうして日は沈んだ。
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