英雄たちのロンド

「おじいちゃん、また納屋に入ってもいい?」
「いいとも。だが、一番奥の棚だけは絶対に触るんじゃないぞ」
「もーおじいちゃん、子供扱いしないでよ。わかってるって」
 宝石加工の里に生まれた少年、ウォストラ。彼は祖父の加工した石が大好きで、休みが来る度に祖父の家を訪れ、納屋の石を見せてもらっていた。
 その年は珍しく冬が長く、力を増幅するために日に当てる種の石の加工が遅れていた。
 そのため、応急処置として魔術で作り出した光に当てて代わりとする手段がいつもより多く求められ、ウォストラ少年の通う学校でもその種の授業に多くの時間が割かれた。
 授業には人工石が使われたが、ウォストラは天然石に魔法を試してみたくてたまらなかった。なので、祖父に許可を取って、納屋にしまってある等級の低い天然石を使わせてもらうことにしたのだ。
 休みの度、ウォストラ少年の魔術の腕は着実に上がっていった。
 そんなある日、ウォストラ少年の耳に「声」が聞こえた。
『少年……少年よ』
「誰?」
『美しい石を見たくはないか?』
 美しい石。里で生まれ育った少年たちの例に漏れず、ウォストラは石が大好きだった。特に好きなのはアレキサンドライト。光に当てると色合いが変わるその石を、祖父にせがんでは見せてもらっていた。
『ずっと閉じ込められて苦しいんだ。君が出してくれれば、世界一美しいアレキサンドライトを見せてあげよう』
「……本当に?」
『本当だとも。ほら、そこの棚……一番上だ、取ってくれ』
 何かに操られるかのようにふらふらと、ウォストラ少年は手を伸ばし、置かれていた真っ黒な箱の蓋を、開ける。
「わあ……」
 そこに入っていたのは、宝石の里で育ったウォストラ少年も見たことがないような大粒のアレキサンドライトだった。
『私に光を当ててくれ。そうすれば、他のどんな石よりも多くの力を蓄え、素晴らしい宝石に仕上がるだろう』
「……」
 ウォストラ少年は考える。触ってはいけないと言われた棚を触って、それは秘密にしておけばいいけれど、勝手に光を当ててしまったらおじいちゃんは何て言うだろう。
『大丈夫、君のおじいちゃんは君を誇りに思うだろう。世界一のアレキサンドライトを孫が仕上げたと聞けば』
「ほんと!?」
 いつも自分を子供扱いする祖父。世界一のアレキサンドライトを仕上げれば、ひょっとして一人前だと認めてくれるかも。飛び級で街に修行に出ることだってできるかもしれない。ウォストラは胸を躍らせて石を持ち上げ、包まれていた布ごと床に置き、光を――
 衝撃がウォストラの思考を奪う。遠く、祖父の声が聞こえたような気がした。



「――ってこともあったね」
『昔の話だ』
「君は僕が死んでたらどうするつもりだったんだい?」
『どうするもこうするも、そのときは自由だ。お前の祖父も葬り、力を得、村を支配し街を支配しゆくゆくは世界を』
「あー君のそういう小者臭いとこ嫌い」
『なっ……小者だと』
「やっぱり君の呪いは解かなくちゃ。力を得る過程で周囲を破壊してしまうなんて作用はなくした方がいい」
『その方が世界を支配するには好都合ではないか!』
「だから君のその妙な願望はどこから来てるんだって……」
 ウォストラ青年は胸のペンダントに入れた大粒のアレキサンドライトをつつきながらこぼす。
『妙な願望などではない! 私は崇高な……』
「はいはい。呪いを解いたら君に力をあげるから大人しくしてて」
『貴様は毎回それを言う! いつになったら呪いが解けるかわからないのだぞ!』
「それを見つけるために今旅をしてるんじゃないか……」
 大きくなり、一人前の職人になるかと思われたウォストラは、石魔法使いになると言い残し、呪いのアレキサンドライトを持って旅に出た。
「言っただろ、素晴らしい宝石になった君を見たいって」
『なんか、いやらしい』
「素晴らしい宝石って自分で言ったんじゃないか!」
『確かにそうなのだが……』
「大丈夫、必ず僕が君のことを素晴らしい宝石、自律する宝石にしてあげるから」
 南国の海の瞳は少年だった頃の輝きを失わぬまま、いや、それどころかよりいっそう強く、きらきらときらめいている。
『変態くさい』
「えっひどい」
 世界は広い。一人と一粒の旅はまだ始まったばかりである。
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