短編小説(2庫目)

 大きな大きな喪失があって、そのずっとあとに、世界に何もなくなってしまってから、俺はそれを手放した。

 雪が降っている。
 もう七月なのに降っている。
 南半球ではきっと七月も雪が降る。だけどここは南ではなくて、北のどこかのよくわからない国。
 そこは遠かった。国の中でも遠くて遠かった。
 辿り着いたときには全てが終わっていた。
 始まろうが終わろうがなんでもいいと思っていた。けれど終わっているのを目にしたとき、終わっていることを悲しいと思った。
 本当はそんなことはどうでもよくて、自分が積んだ「塔」さえ無事なら何だってよかった、だがしかしそうではない。
 親しい人が悲しいと悲しい、親しい人が苦しいと苦しい、社会的生物だからそういう風にできている。
 本当はどうだったかな。
 わからない。

 雪が降っている。
 何もかもを覆い隠す、のではなく、もう何もなくなってしまったから、穴の中に降り積もるだけ。
 処理されつくした危険物は空に昇っていなくなった。あとに大きな穴だけを残して。
 ただただ降っている。寒さは適度。俺は上着を羽織る。どこから上着を出したかって、そんなことはどうでもいい。
 みんな遠くに行ってしまった。俺は一人ここで雪を見ている。
 俺もそろそろ行かなければいけない。
 どこに?
 どこだろうか、わからない。
 わからない、を回すのにももう飽きてしまった。人生なんて「わかる」だけでできていればいいんだ。「わからない」なんてあったって何の役にも立たないし、重いだけ。
 本当にそうか?
 さあな。悩むのにも疲れた。
 今はただ、雪を見ている。

 雪。
 あの日、寒さの中、俺は一人で、失くし物をして、それは二度と返ってこないまま。
 雪を見るだけで色々な思い出が蘇ってきそうになるからなるべく気持ちを平坦にして、そこには何もなかった。
 失くし物のことじゃない。ただただ寒かったあの日の、冷えた記憶のこと。
 残っているものは危険物じゃない、ただの冷たい思い出。
 それと向き合って生きていくのだろうか。

 塔が立っている。
 俺が積んだ塔。
 雪に降られて少しだけ白くなって。
 魔王を倒した。世界は滅んだ。塔は崩れて、よかったんだ、これで。
 思い出しも忘れもしない雪の中でよかったんだ。
 鉛色の雲の、その下でよかったんだ。

 雪が穴の中に降る。
 穴は埋まらない。
 そうして明日も過ごすのだろう。
 穴の側で、ずっと。
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