短編小説(2庫目)

 わからない、日を追うごとにわからなくなってゆく。
 それともそれは元々だったのかもしれない。
 最初から何もわからなかったのなら合点がいく。それともそれは順々だったのかもしれない。
 どちらがどうであれはっきりしているのは「今わからない」ということ。俺には今がわからない。

 いつからか、全てがわからなくなってしまった。焦って考えれば考えるほどもっとわからなくなってゆく。
 おかしいと思った。だってわかる方がおかしいんだ。この世は「わからない」が基本であって、「わかる」やつは間違っているんだ、なぜならこの世は「わからないから」。
 本当にそうか?
 そのことすら今やわからない。何が真実で何が真実じゃないか、何が現実で何が夢か、何が正気で何が狂気か、全てがわからなくなってゆく。
 考えれば考えるほどおかしくなってゆく。今あるこれは間違いなのではないか、今あるこれはまやかしの、ひらひらと飛ぶ群青色の蝶なのではないか。

 群青色の蝶は夜に飛ぶ。瞼を閉じるとやってくる。群青色の蝶はぐるぐると回って俺の思考を侵食する。
 蝶に気を許してはいけない。蝶を信じてはいけない。
 それなら何を信じればいいのか。「わからない」ということそのものを信じた方がいいのだろうか。
 ……馬鹿なことを。そんなことを信じたって何の救いにもならない。
 救い?
 俺は救いを求めているのか?
 何の?

 救いを求めなければいけないようなつらいことなど何もない。苦しいことも何もない。なぜなら俺は恵まれているからだ。恵まれているやつは不満も文句も言ってはいけない、なぜなら――
 やめよう。それは■■だ。それは精神を侵食する。蝶のように。
 それなら俺はどうすればいい?

 わからないのだ、何もかも。何が正しいのかわからない。自分のことすらわからない、崩れてゆく。
 もはや塔すら積むことはできなくなって、身体が崩れてゆく、境界が溶けてゆく、溶解してゆく。その果てに何が待っているのか、世界との合一なのか、それは■と呼ばれるものなのか。
 何もわからない。

 だから今日も■■している。
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