短編小説(2庫目)

 勇者は魔王を倒した、ほどなくして世界は真っ暗になった。

 その後どうなったかって?
 知らない、だから塔を積んでいる。

 初めは塔を積むことにも理由があったのかもしれない。しかしもはや塔を積むのは逃避、逃避、それしかない。
 素材が劣化している。そのことに目を向けないように塔を積む、けれどもできた塔は劣化の塔、白く濁って倒れてしまう。
 高く高く、積むことができない。俺は昔もそうだったっけ?

 俺は勇者になった、勇者は魔王を倒した。事実としてはそれだけ。
 パーティメンバーはいなかった。いるとすれば、魔王を作り出した「世界」か。
 それもただそこに存在しているだけで、何もしやしない。
 それはそうだ。「世界」はすぐに忘れてしまう。

 恨めばいい、と言われた。誰にって、たぶん、虚無。
 魔王が死んだ後には虚無が残った。
 虚無は何も言わない。ただ、虚無に感情移入した俺が、もう一人の俺が、何かを言う。
 「俺」は、恨めばいい、と言った。
 恨めばきっと楽になる、しかし恨んだところで何になるのか。一方向の劣化が発生するだけだ。負の感情など。だいいち謝罪でも来た日にはどうすればいい?

 ……そんなものが来ないのはわかりきっている。
 どの面下げて、どういう頭で、それを■■したのかと。
 もはや問うこともできない。

 誰も魔王の死を悼まなかった。
 世界が滅んだ、真っ暗になったのは魔王の呪いなのか、そんなことを言い出す奴もいなかった。
 なぜなら俺は魔王を一人で倒したからだ。知るは王と「世界」のみ。
 勝手に発生して勝手に死んだ魔王は発生したことすら秘匿されている。民衆は魔王を知らない。
 ゆえに、誰も魔王の死を悼まなかった。

 だから塔を積んでいる。劣化した塔。
 勇者は死んだのか?
 俺が勇者になったことさえ誰からも知られていないのに、知られていないものは死ぬことはできない。
 だから俺は死んでいない。そうだ。勇者は死んでいない。
 それなら?
 世界は終わった。劣化した塔が残った。
 これを魔王の墓とするのか?

 違うな。魔王が消えたのが――俺には耐えきれず、そうしてそれを話しても「正しくない」と罵声を浴びるだけなのが、ただただ俺にはつらいのだ。
 それなら?
 わからない。わからないから、逃避で塔を積んでいる。
 何のためでもない。向上心だと嘘を吐いて、積むだけ。

 「世界」は俺を許さない。魔王を殺してそれを悼む俺を。
 きっと本当は魔王が勇者で、勇者が魔王だったのだろう。
 何もかもが逆だった。
 「世界」が、そうだった。
 だから俺が生き残っているのは本当は許されないはずだった。
 しかし世界は滅んだ。もはや誰も俺を責める者はいない……いない、はず。

 王が死んだのかどうかはわからない。遠いから。
 何も恨めない。理不尽だから。
 なのでただただ塔を積む。
 完成しない塔を。
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