勇者と魔法使いの相互無理解ライフ

 勇者がいた。
 勇者は前の世界で対存在である魔王を失った。

 魔法使いがいた。
 魔法使いは爆発事故に巻き込まれ、一命をとりとめた。

 勇者と魔法使いが二人で旅をしていた。
 勇者と魔法使いは互いに互いの事情を知らない。
 互いに互いのことを羨ましいと思っていた。

「勇者ちゃん、今日もそれ食べるわけ?」
「いいじゃんか、俺はこれが好きなんだよ」
 本日の宿で勇者は鶏肉の野菜煮込みを注文していた。
 どこの宿に行ってもそれを注文する。なければ頼んで作ってもらう。
 鶏肉がないときはモンスターを狩って調達する。
 鶏肉の野菜煮込みは前の世界で勇者が最後に食べたものだった。
 魔法使いは一つの料理に拘ってわがままを言う勇者が嫌いだった。

 勇者は魔法使いの顔を見て、視線を伏せる。相変わらずこいつは睫毛が短くて顔中傷だらけで美しいとは言えない男だな、と勇者は思う。
 魔法使いのその外見は爆発事故によって変えられたものだった。
 勇者は魔法使いの顔が嫌いだった。

「勇者ちゃんほんとその料理好きね」
「ああ、好きだよ。美味しいからな」
 勇者は魔法使いの顔を見ずにそう言った。
 勇者と魔法使いは互いに互いのことを知らなかった。

 それから勇者と魔法使いが互いのことを知るのかは誰も知らない。
 知ったところで互いを羨ましいと思う気持ちが消えるのか、知ったことで誤解を詫びるのかどうか、誰も知らない。

 勇者と魔法使いは互いのことが嫌いである。
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