短編小説(2庫目)

 端的に言おう。
 俺はパーティを追放された。

 何のパーティかって、そりゃお前、冒険者パーティだよ。
 それで俺のジョブは……僧侶。回復役だな。

 俺は懸命にパーティの回復をしたさ。さりげなくバフデバフもかけてやってたのに、
「ただ動けるだけの薬草じゃん。これなら回復薬飲めばいいし」
 って言って追放登録したあいつ……ジョブ? 勇者だったかな。名前は……覚えてない。

 とにかく、その勇者……に、追従した魔法使いも剣士も、なんだよ。クソ食らえだよ。
 全員の名前? そんなものどうでもいいだろ。顔? 覚えてないな……全員どうでもいいような名前だったし、どうでもいい顔をしてたんだよ。

 そもそも俺は子供の頃から人の顔と名前を覚えるのが苦手だったからな。
 そんな俺にパーティ全員の顔と名前を覚えろなんて言うのが間違ってるんだよ。

 思い出そうとしても、靄がかかったみたいになってるし。最近どうも忘れっぽいんだよな。困るぜ。

 とにかくだ。俺は追放された。一人でもなんとか生きていけるように、細かいクエストをこなしながら冒険者ランクを上げなきゃいけない。

 何せ僧侶だからな。一人でこなせるクエストなんてたかが知れている。剣士や勇者だったらまだ潰しがきいたが、僧侶はパーティに所属してなんぼだろ。

 え? 私が着いて行ってあげますって?
 親切だな。
 お前のジョブは何だ?
『■■■』
 そうか。ありがたい。それじゃしばらく付き合ってくれ、パーティを組もう。登録を……もうしておきました?
 仕事が早いな。ありがとう。



 それから俺と■はクエストをこなし、順調にBランクまで駆け上がった。

 以前の俺はパーティに貢献することに精一杯で、自分のランクまで気が回っていなかったから、Gランクなんていう圏外も圏外からの挑戦だった。
 しかし■がいたからここまで来ることができたんだ。
 皆が憧れるAランクまでは残りわずか、この大きな討伐依頼をパーティでこなせばなんとかなる、気がする。
『次はシュティノマージの討伐依頼ですね、僧侶さん』
 そうだな。
『シュティノマージは幻影を操るそうです。後衛ジョブの僧侶さんは平気だと思いますが、もし私が幻影にかかったときのために、あらかじめ幻影避けの祝福をかけておいてくださいね』
 おお、それなら今からかけておくよ。
 ほいっと。
『ありがとうございます。では、行きましょうか』
 振り返ってみると、俺と■の連携もだいぶうまいものになってきた。
 初めは二人きりでパーティをやることに慣れなかった俺だが、突然開花した破壊魔法の才能で攻撃に転じることができるようになり、かなり範囲が広がったのだ。
 もう俺には才能なんてないって思い込んでたのにな。
 俺を追放した元パーティの奴らの顔が思い浮かぶようだぜ。

 顔も名前も覚えちゃいないが。



『僧侶さん! いました、シュティノマージ。戦闘開始です!』
 森の奥、分厚い布のマントをはためかせて振り返ったシュティノマージに俺は破壊魔法を撃つ。先制攻撃だ。
 しかし。
 にやり、とそいつは笑った。



 ?
 ?
 ?
 る?
『ほんとお前は役に立たない奴だな、僧侶』
『破壊魔法撃つくらいのことがなんでできないの?』
『魔法使いはメテオファイアとか撃ててるぜ? 僧侶も回復だけじゃなくて、そういうの撃てるだろ? バカの一つ覚えみたいに回復してるだけじゃなくてさ』
 バフデバフを撃ってるじゃないか。なんてことは言えない。なぜならそれは登録内容になかったから。
 ないものはない。「ないことになる」。ないものがあるなんていうことは「ない」から、ないのだ。
 ない?
 誰が?
 何が?
『なあ僧侶、俺の名前を言ってみろ』
 名前?
『この声は誰の声なんだ?』
 誰の声、って、前のパーティメンバーの声で……
『顔は? 今お前が見ているこの顔は』
 顔……
 俺の視線は始終下を向いていた、足を見ていた。それは誰にでもそうで、顔を見ると、情報量が多すぎるから。視界がぐちゃぐちゃになるから。だから俺は顔を上げない、上げられなかった。
 顔を覚えられなかったのはそういうことで。
『それなら視線を上げてみろよ、できないのか?』
 できないわけがない。俺はもうBランクなんだ。多人数パーティを組まないと戦えないようなお前たちとは違う。
 視線を、上げる。
『■■■』
 ……?
 顔。
 は。
 なかった。
 真っ黒な闇があるだけ。
 違う、これは幻覚で。
『本■にあった■か?』
 何、が……
『お前■何を見■いた?』
 何、を……
『わからないのか』



「……!」
 目が覚める。
 倒れているシュティノマージ。
 そうだ、素材を回収しないと。
 ■は……
『■侶さ■』
「え……?」
 瞬きをする。
 一瞬、■が真っ黒い、ノイズまみれの影に見えたのだ。
 俺は疲れているのかな。
 シュティノマージに見せられた幻覚から覚めきっていないのかもしれない。■には幻覚避けの祝福をかけておきながら自分にかけるのを忘れたからな。
『僧侶さん、私たちの勝利ですよ!』
「……そうだな!」
 ■が、開いた手を上に上げ、俺に近付ける。
 ハイタッチか?
 俺はそれに応じる。
『やりましたね!』
「ああ」
 ざ、という音。倒れているシュティノマージの身体が、顔が、ざりざりとノイズに侵食され、おかしい、何だか、「人間」に見える。それも、神職の。
 神職の人間はどういうときに現れる?
 呪いを解くときだ。
『僧侶さあん』
 ざりざり。
 目をこする。と、シュティノマージの姿は元に戻っていた。
『幻覚の後遺症が抜けきってないんですね。今日は早く帰って休みましょう』
「……そうだな」
 二人で歩き出す。
 なんとなく振り返る、と、■の影がないように見えて、それもざりざりという音と共に元に戻る。
 本当に疲れているんだな。
 今日は早く眠ろう。
 Aランク冒険者になった祝いは明日だな。

 俺たちの……■と俺のパーティの、友情に乾杯して。

 追放されたけど、今、俺は幸せです。





【治療報告】
『Sランク冒険者Mは依然重度の幻覚に侵されており、解除に向かった神官Uは為す術も無く昏倒せしめられた』

『己がパーティから追放されたという幻覚。そして、その後仲間を得てパーティを組み、Gランクから出発したという妄想。元々Sランク冒険者であっただけに、その能力は確かに有用である』

『冒険者ギルドはMを正気に戻して得られる利益よりも幻覚を解除するコストの方が多いと見、狂気状態のまま用いることにした』

『Mの能力は高い、しかしあまりにも高すぎた。いずれかの勢力に傾けばパワーバランスを崩すまでの実力……そういった観点から見ると、Mが狂気に落ちたのは我々にとってはかえって都合のいいことだったのかもしれない』

『いずれにせよ、うまく利用されることを願っている。王立ミルステッド教会はMの処遇をギルドに一任する。幸運を』

 ――以上。
90/123ページ
    スキ