英雄たちのロンド

「え、薬が?」
 心配そうな声をあげたコャレイルに相棒のキュルも心配そうな目をする。
「そうなんです……娘の病気をよくする薬を作ってくれると言うから言われた通り高価な材料も揃えたのに、材料だけ奪われて雲隠れ……」
「それはひどいですね……」
「英雄コャレイル様、お願いです。薬の材料を取り返してくれませんか!?」
「あー……」
 コャレイルは背中に背負った棒に手をやり、手を戻し、そして答える。
「わかりました。賊はどっちに?」
「北東の森の方に向かっていくのを見たという話を聞きました」
「なるほど……あまり期待はしないで欲しいのですが、やってみますね」
 行こう、キュル、と声をかける。子狐はキュルル、と鳴いてそれに応えた。



「北東の森と言っても広いぞ……」
 うーむと頭を抱えるコャレイル。と、
「キュルルルッ」
 キュルが一声鳴き、走り出した。
「あっ、キュル」
 追いかけるコャレイル。
 しばらくして立ち止まったキュルの前には野営の跡が残されていた。
 たき火跡の臭いを嗅ぐキュル。コャレイルはしゃがみ込んで手をかざした。
「まだ温かいな……遠くまでは行ってないのかな」
 キュルル、とキュル。
「気持ち急いで追いかけよう。キュル」
 子狐がコャレイルの肩に乗る。
「こんこんこゃ、速度強化」
 唱えると、風が吹く。
 背中の棒を手に持ち、コャレイルは走り出した。周囲の景色が流れ去ってゆく。
 森の木々から木々へ、棒を支えにぴょんぴょんと飛び移る。嬉しそうにキュルキュルと鳴くキュル。
「見えた、あれだな……」
 いっとう大きな木の上で立ち止まり、コャレイルは棒を構えた。
 と、賊の集団の戦闘にいたローブの人物が、立ち止まる。
「気付かれたのか……!?」
 ローブの人物は杖を構え、コャレイルのいる方向に向かって大量の魔法弾を飛ばす。
「キュル、しっかり捕まってろよ」
 コャレイルは高くジャンプし、魔法弾をかわすと急降下した。
 周囲の賊が剣を構えるのを棒で蹴散らすと、なおも魔法弾を飛ばしてくるローブの人物に接近する。
 棒が届こうとしたとき、ローブの人物はかき消えた。
「空間移動……まさか」
「そのまさか、英雄だよ」
 離れたところに移動したローブの人物、魔法使いの英雄らしき賊は杖を構えたままそう言った。
「見たところお前も英雄のようだが、残念ながらお前は負ける」
 言い終わるか言い終わらないかのうちに、光の矢が降り注ぐ。
「……キュルを狙っているのか!」
「弱いところから崩せ、定石だろう」
「英雄の風上にも置けない奴だな」
「英雄が正々堂々と戦わねばならぬなどという決まりはない」
 キュルを守りながら必死で矢をかわしていたコャレイルだったが、次第に追い詰められ、背中が大岩に当たる。
「くっ」
 棒を構え、キュルを守るように背中を丸めたコャレイルのその背に矢が迫った。
 途端、閃光。
『英雄の風上にも置けぬ、我が契約者の言葉通りよ』
 倒れているコャレイルの前に、尻尾が九つに分かれた獣。
「何」
 魔法使いが目を見開く。
 獣が尻尾をゆらりとゆらめかせると、何もない空間から青い炎が現れた。
「まさか……九尾」
『我の名を当てたことは褒めてやろう。だが』
 だんだんと大きくなる炎。
『もはや慈悲はない』



「ううん……」
 コャレイルがゆっくりと目を開く。
「キュー」
「キュル、無事だったのか……よかった……」
 ほっとしたように、コャレイル。
「そうだ、賊は!?」
 がばりと立ち上がり、辺りを見回す。
 そこには気絶し縄で縛られた賊たち。
「あれ……おかしいな?」
 首を傾げるコャレイル。
「そういえば身体も痛くない……」
 しばらく考え込んでいたコャレイルだったが、ややあって、まあいいか、と手を叩いた。
「解決したってことだよね」
 そして賊の荷物をごそごそと漁る。
「あった、薬の材料! あ、これは……」
「キュル?」
「これ、あの薬の材料にはならないね……でたらめ言って高価な材料だけ手に入れて逃げるつもりだったのか……」
 む、と口をへの字にするコャレイル。
「賊は騎士団に任せるとして、薬は……」



 コャレイルが村に戻ったのは日が暮れようとする頃だった。
「コャレイル様! ……いかが、でしたか」
「うん。ほら、お薬」
 村人に小瓶を渡すコャレイル。
「おお……!」
 村人は震える手でそれを受け取り。
 コャレイルの見守る中、娘に薬を飲ませる村人。
 荒かった少女の呼吸は安定し、顔から赤みが引く。
 目を開く少女。
「……おとうさん?」
「おお!」
 村人は娘を抱き締めた。



 朝。
「ありがとうございました、コャレイル様」
「いえいえ。当然のことをしたまでです」
 村の入り口。元気になった少女とその父親がコャレイルを見送っている。
「またお近くに寄られた際はお立ち寄りください。歓迎いたします」
「元気でねーコャレイルさん、キュルちゃん」
「キュルル」
 元気に鳴くキュル。
 二人に手を振ると、コャレイルは歩き出す。
「……久々に薬作ったけど、うまくいってよかったね」
「ルルル」
 相槌を打つかのように頷くキュル。
「元気になって……本当によかった」
「キュー」
「……さて、次はどこへ行こうか」
 一人と一匹の旅路を、朝日が照らしていた。
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