ロッカーを開けるとそこは

 出勤してきてふと隣のロッカーを開けたら、簡素な包装をされた包みだけがぽつんと入っていた。
 甘い香りがする。
 ここは後輩のロッカー、今となっては所持者不明となったロッカーだ。
 ある日忽然と消えた後輩……が使っていたのがこのロッカー。そこを引き継ぎたがる者は誰もいなかった。当然、開ける者もいない。
 俺が時々、思い出したように開けるだけ。
 そのロッカーに、物が入っている。
 前回は、後輩からの手紙が入っていたのだった。向こうでも元気にやっているということだったので安心したが。
 今回は?
 包みを裏返すと、メモのような紙がはらりと落ちた。

『先輩へ』

 後輩の字だ。

『こっちにもバレンタインはあります。そっちにいた頃と違い、俺はいっぱいもらいました。先輩の方は今年こそ一つももらえてないでしょ。俺がいないから。かわいそうなので、送ってあげます。大事に食べてください』

「……」

 バレンタインデー。
 義理チョコ文化は我が社ではとっくのとうに廃止され、チョコといえば本命か、かろうじて社員食堂でチョコケーキが出るくらいだ。
 そんな中、俺と後輩は毎年「うれしいチョコ」なるものを交換していた。
 俺は甘いものが好きで、学生の頃は義理チョコをありがたくいただいていた。
 後輩もそうだったらしい。
 入社してからは義理チョコ廃止でチョコをもらうこともなくなったため、俺も後輩もコンビニでなんとなくチョコを買って帰っていたが、ある時、

「俺も先輩も自分に買うんだったら、いっそ交換してみません? そっちの方が嬉しいでしょ」

 などと後輩が言い出して、なし崩し的に交換することになり、それが毎年続いていたのだ。
 「うれしいチョコ」というのは後輩がつけた呼び名だ。もらうとなんとなくお互い嬉しくなるから、ということらしい。
 正直俺にはよくわからないセンスだったが、名前がないよりあった方がお互いに便利だろうということで了承した。
 しかし、後輩が失踪してしまったため、今年はその「うれしいチョコ」もないだろうと思いながら自分用チョコを買ったのだが……
 
 俺はカバンから自分用に買ったロディバのチョコを出し、後輩からの包みと交換するようにしてロッカーに入れた。
 
 そしてドアを閉める。ここには何もなかった。



 残業を終え、帰路につく。
 寮に帰って食堂で夕食を食べたあと、横の椅子に置いていた鞄から包みを取り出し、開ける。
 紙でできた小さな箱に、トリュフチョコが入っていた。
 それらはどことなくいびつな形をしている。

「……」

 俺は黙ってチョコを食べた。
 お酒が入っているのか、口の中で甘い匂いがふわりと香る。
 甘さは控えめで、いくらでも食べられそうだった。
 黙々と咀嚼し、味わい、飲み込む。
 最後の一粒を食べ終えると同時に、膝に乗せていた包装紙と箱が、宙に溶けるようにして消えた。
 そっとカバンを確認すると、後輩からのメモはちゃんと残っていた。

 寝る前に、メモをクリアファイルに入れて自室の引き出しにしまった。 
 
 その夜、夢を見た。どこまでも広がる草原を鳥に乗って、誰かと一緒に飛ぶ夢だった。



 翌朝、確認のためにロッカーを開けると、そこには何もなかった。


  (おわり)
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