たぬきかきつねのロンサムサバイブ

「……はっ」
「はっ?」
「着いたのか」
「着きましたねぇ」
 なんだか一瞬夢を見ていたような気もするが、そんなことより今は……砂っぽい地面。涼しげにゆらゆら揺れる視界。差し込む光。なんか周囲に見える泡。
「ここ……水中じゃないか?」
「水中ですねぇ」
「普通に息も会話もできてるのどういうことだ……」
「終末なので何でもありですよ」
「週末?」
「何曜日でしたかねぇ。そろそろ金曜日かもしれませんねぇ。僕たち地味に何日も歩いてますからね」
「そうだったのか」
 全然そんな気がしなかった。しかし、言われてみればそんな気もしてくる。
 旅の目的は、安心できる場所を探すこと。樹海や谷は散々だったが、この海は果たして安心できる場所になるのだろうか。
「おお、あっちに船が見えますよ」
「船?」
「ヒトを載せる役目を終え、沈まされた船ですねぇ。生物の住処にする、みたいなね」
「そういうのがあるのか」
「あるらしいですよ。お節介なことですねぇ」
「住処を作ってくれるなら俺はありがたいけどな」
「僕は嫌ですけどねぇ」
「え、なんでだ」
「だって、嫌でしょう。どこの誰とも知らぬ他人が善意で用意した家に住むなんて。気持ち悪くありません?」
「お前……意外と潔癖だったんだな」
「意外とは余計ですよ、それに僕は潔癖じゃありません」
「じゃあ何なんだ」
「まあ、善意の押しつけが嫌ってだけの話ですよ」
「そんなもんかねえ」
「そんなものですよ、きつねってものは」
「そうか」
 きつねだからと言われるとなぜか納得してしまう。プライド高くて自由こそを好くみたいなイメージあるもんな、きつねって。
 その間にも歩みを進めていたので、目の前に船が見えてくる。
「ほらほら、その船ですよ船。船ってロマンありません?」
「ロマン?」
「船、もとい海って色々と物語がありそうじゃないですか? 怪物とか財宝とか竜宮城とか。まああれはただの伝説ですけど」
「物語か。うーん、確かにゲームとかだと海のダンジョンは必ずあるし、海を渡るシーンとかもあるな……」
「君はゲームが好きですねぇ……」
 ちょっと呆れた風に、きつね。
「いいだろ、ゲーム。ゲームしてれば何も考えずに済むし」
「ああ、そういう……」
 きつねは目を細めた。
「まあ君の闇はともかく、実際の船を見て楽しみましょうよ。結構大きいみたいですし」
「……本当だな」
 首をうんと巡らせても先が見えないほどだ。窓とか少ないし、貨物船? とかだったのだろうか。生憎と船には詳しくないのでわからないが。
「わーすごい海藻」
 きつねが船体を嬉しそうにつつく。
「ほんとだな」
 船の表面には緑色の海藻らしき物がたくさんついており、きつねが触る度にふわふわと揺れる。
「でも魚……いませんね」
 船体を覗き込み、きつね。
 言われてみれば、ここに来るまでに一匹も魚を見ていない。
「たまたまいなかっただけなんじゃないのか」
「いやいるでしょ普通こういうとこには。そうじゃなきゃ船なんて沈めませんって」
「そうなのか」
「そうですよ」
「そういう、魚がいないというのは、もしや」
「そうですよ、侵食が進んでいる」
「あー……」
 海の中まで無が来ているとは。
「魚がいたら二人で水族館デートみたいな気分が味わえたんですけどねぇ……」
「で、デートって」
「したくないですか、僕とデート」
「したいとかしたくないとかそういう問題じゃ、というか、今だって二人きりだしデートしてるようなものだろ」
「あら」
 きつねが口元を覆う。
「君、そんなこと思ってたんですか? すけべ」
「何がすけべだ何が! デートって言ったのはお前の方だろ!」
「あらあらうふふ……」
「笑うなよ!」
「あーかわいい。たぬきくんかわいいですねぇ」
 うふふふふと笑うきつね。畜生、バカにされっぱなしかよ。
「年下をからかって遊ぶとか大人げないぞ……」
「きつねはいつまでも子供の心を持つのです」
 胸を張るきつね。だからなんでそこでドヤ顔するんだよ。
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