短編小説

「床をめくると別世界が広がっていました」
 厄介な同居人が今日も厄介なことを言い出した。
「そもそも床をめくるんじゃない」
「めくってみたくなったから」
 ノリが軽すぎる。
「うちを破壊するな、誰が直すと思ってんだ」
「修理屋さん?」
「俺だよ!」
「それはごめん」
 素直に謝る同居人。いや謝られてもな……
「そんなことより別世界だよ別世界」
 同居人は楽しそうに語る。これは一旦聞いてやらないと止まりそうにない。俺はしぶしぶ、別世界って何だよ、と返す。と、
「虚無だよ」
 は!?
「床下に虚無があってたまるか!」
「ところがどっこい、あるんですねえ」
「あってたまるか」
「百聞は一見に如かず、ほら」
 べりべり!
「あー! 何してんだお前!」
「ほら虚無」
 床下には灰色がぐるぐると渦巻いている。
「床を破壊するんじゃねえ!」
「そんなことより虚無だよ虚無」
「お前な……」
「あっ……ごめん」
「謝って許すか! お前も修繕手伝えー!」
 ごめんごめんと言って逃げ回る同居人を追うのに疲れたので結局俺は一人で床を直した。二か所も破壊しやがって……
 当分口をきいてやるものかと思っていたが手作りパウンドケーキを作って渡してきたので許した。
「えっ許してくれるの!?」
「もうするなよ」
「えへへ」
「するなよって言ってんだ」
「またケーキ焼いてあげるから!」
「今度は許さん! 虚無に放り込むぞ!」
「ちぇー」
「ちぇーじゃねえ!」
 やっぱりこいつは厄介な奴だと再認識しながらケーキを口に放り込む。
 ケーキはおいしかった。
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