短編小説

 袋の内には「裏側」というものがある。
 透明な袋ではだめだ。完全に不透明な袋の中、そこに「裏側」はある。
 袋の中に手をつっこむ。何がなんだかよくわからない感触。そこはもう裏側だ。
 裏側に入ってしまえばこっちのもので、何をしても怒られないし、自由だ。
 しかし裏側に入るとできなくなることもある。
 自分というものがわからなくなるのだ。
 自分だけではない、そこに何があるのかすらわからなくなる。周囲が見えなくなるのだ。
 その日も俺は裏側に入って遊んでいた。
 すぐ側に蝶が来ていることに気付かずに。
 おかしい、と思ったときにはもう遅かった。
 蝶の虚無が入り口をつぶしてしまったせいで裏側は閉じ、外に出られなくなっていた。
「参ったな」
 口に出してみる。
 裏側の中では己の思考を認識しにくくなる。そのため、こうやって思考を口に出して外部化することが重要になってくる。
「俺はこれからどうしたらいい?」
 答える者はいない。そりゃそうか、ここは裏側だからな。
「参ったな、このままじゃお腹が空いたりするかもしれないし」
 ため息をついてみる、でも本当はわかっている。
 裏側は裏側なのでお腹が空くことも喉が渇くことも歳を取ることもなく、永遠に裏側のまま時が過ぎるのだと。
「退屈なのは困るな……」
 手元を見るとちょうどよくゲーム機を持っている。
「そうだ、ゲームをして遊ぼう」
 俺はゲームをした。楽しかった。でもそのゲームは一日のうちにやれることが決まっているのですぐにやることがなくなった。
「困ったな、次は何をしよう」
 他のゲームをやってもよかったが、あまりゲームばかりしすぎると遊ぶゲームがなくなってしまう。
「そうだ、スマホを触ろう」
 俺はポケットからスマホを取り出し、ロックを解除した。
「わー圏外」
 電波の立っていたところには通行止めみたいなマークが表示されている。
 だがその隣に、うねうねした波のようなマークが表示されていた。
 俺は理解した。つまりこれは裏側のアンテナということだ。裏側とはそういうものである。
「ということはスマホが使えるということになる」
 試しにサイトを開いてみると繋がった。
「やったぞ。これで快適なネット生活が保証される」
 俺はすっかり安心し、落ち着いたので寝ることにした。
 裏側で睡眠が必要なのかとかそういう疑問はあるが、寝るということは人間の三大欲の一つとも言う。寝る子は育つ。寝るのは大事だ。
 ということで俺は寝た。
 裏側で見る夢は現実で見る夢と違って悪夢の要素がなく、ふわふわしたよくわからない、ふわふわの雲に乗って白い世界を旅して回るみたいなふわふわの夢だった。
「ふわふわ……」
 裏側は裏側なのでいくら寝ても怒られない。自由だ。眠り続けることができる。
 寝て、寝て、寝て、眠り続けて、ふわふわの夢を見ている。
 いつまで続くのかはわからない、いつまでも続くのかもしれない。
 でも夢を見るのは楽しいし、眠れるだけ寝ておこう。
 そう思いながら俺は今も眠り続けている。

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