たぬきかきつねのロンサムサバイブ

「……」
 こいつ、珍しく静かだな。
「……」
 足下はごつごつしているが平坦で、歩きやすいような歩きにくいような微妙な感じだ。
 周囲は谷のようになっており、相変わらず霧が立ちこめている。
 風はなく、谷底の空気は妙に凪いでいる。
「……」
 さすがに静かすぎないか? と思ったとき、とんとんと肩を叩かれた。
「……?」
 どうした、と言いたかったのだが、声が出ない。
『やっとこっちを見てくれましたねぇ、遅いです。ひょっとして僕のこと嫌いなんですかぁ?』
 と、きつねの頭の上に、青白く光る何かで書いてある。
「……」
 どうやってるんだそれ、と言いたかったがまたも声が出ない。
『まあまあ落ち着いてください、ここはおそらく静寂の谷。静寂ですね。声が届かないというわけ。なので僕はこうやって狐火でぇ』
 ぱちり、と瞬きするきつね。
『あ、君、狸火はできないんですか?』
「……」
 首を振る俺。
『じゃ教えてあげますよぉ。僕の手を掴んでください』
 掴む?
 反応するよりも前に、掴まれる。
『身体の先の方に流れを出すような感じで』
「……」
 こうか?
『そうです』
「……!」
 足先から炎がぼ、と出る。
「!?」
 後ずさりしようとして、掴んだ手をぐいと引き寄せられた。
『知ってると思いますけど、狸火も狐火も冷たい炎なので物燃やしたりはしませんからご安心を』
『ち か い』
『できるじゃないですか』
『は な れ ろ』
『ええ? やっぱり君、僕のこと嫌いなんじゃないですかぁ?』
『いや きらいでは ない が』
 そこまで出力するのに苦労して、きつねの顔を見るとにやにやと人の悪い、いや、獣の悪い笑みを浮かべている。
 文字に集中しすぎて表情まで気が行っていなかった俺も俺だがそうだよこいつはそういうやつだよ。
『おまえ』
『(笑)』
『いかり』
『笑笑笑』
 平常時であればもう少し何か言うところであったが、慣れぬ出力手段ではうまく表現できない。
『あー、たぬきくんったらおっかしー。ほんと君って面白い獣ですよね』
『おこる』
『あっはっは。語彙力ゼロ!』
 ちくしょう。
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