短編小説

「うさぎ……俺のところにうさぎは来なかった……なぜかわかるか? 『ここは月じゃねえ』それだけのことさ……だから兄弟、ここは月じゃねえ。臼は余所で探しな……」
「なんで!? なんで臼がないんですか!? 聞いてないそんなの、そんなの…餅つきができない!」
「だから兄弟ここは月じゃねえって」
「なんでですか! 僕は! そんなの! 許さない!!!!」
「出て行っちまった」
「アニキ、追わねえんで?」
「去る兎は追わず、東の地方のコトワザさ…」



「うっうっ……この星は……うさぎに冷たいんだ……僕は……僕は……」
「よう、ウサ公」
「あなたはさっきの……店主さん!?」
「お前、うさぎだったのか」
「ち、違います!」
「自分で言ってたじゃねえか」
「それはその……」
「大丈夫、取って食やしねえよ」
「よかった……」
「うさぎなんだな」
「あっ」
「この星で餅つきしてえってか? 悪いこと言わんぜ、やめときな」
「でも僕はうさぎで……」
「だからこそ、だよ」
「……?」
「お前さんも分かってるだろ、この星じゃうさぎは歓迎されねえ。昔……あったのさ、ひと騒動。この星はそれから月との国交を断った」
「何が、あったんですか」
「それは俺の口から言うことじゃねえ、母星に帰ってじいちゃんに訊きな」
「そんな、それじゃ僕がこの星に来た意味って……」
「お前さん、誰にも言わずに飛び出してきたんだろ?」
「ど、どうして」
「そんな顔してたぜ。……帰ってやりな」
「でも……」
「帰るんだ。もうすぐサツが回ってくる……俺だってお前さんをいつまでも隠してやれねえよ」
「……おじさん……」
「『お兄さん』だ」
「お兄さん……」
「早く帰りな」
「……わかりました。僕……僕……また……」
「もう来るなよ」
「また!」



「……聞かねえヤツだったな」
「アニキの若い頃みてえですね!」
「……言うな」
「気に入っちゃったんすか?」
「違えよ」
「案外これが国交正常化のきっかけとかになっちゃったりして、みたいな」
「ないない」

 月はまだ、遠い。
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