短編小説

 天井から落ちてきているのは水滴。
 滴っている。昨日からずっと。
 最近ずっと雨が降っていなかったから、水滴が落ちてきて俺の部屋のフローリングも喜んでいるだろう。
 ってんなわけあるか。フローリングに水滴落ちてきたらべちゃべちゃになって木が腐るんだよ。
「おい」
「……」
「おい!」
「……」
「だんまりか。そこにいるのはわかってるんだぞ」
「……」
 当然、何も返ってこない。だが俺には見えている、天井から微妙に付き出した大きな蟹のハサミが。
「見えてっぞー」
 引っ込む。
「ほんと何なんだよ……」
 シャイなんだか何なんだか知らないが、他人の家に上がり込んで(?)天井裏からポタポタ水滴落とすの迷惑だと思わないか? 蟹だからそういうのは関係ない?
「はあ」
 俺は玄関から雪融け作業用のバケツを持ってきて床に置いた。
「水落とすのはいいけど、いい加減にしとけよ。干からびるぞ」
 ハサミがしゃきしゃきと開閉される。大丈夫、ってか?
「そんなとこだけ返事しなくても良い」
 引っ込む。
 ほんと、何なんだろうな……。
 ぽたんぽたんとリズミカルな音を横目に俺は授業の課題を開いた。

(5月拍手1『天井の蟹』)
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