たぬきかきつねのロンサムサバイブ

「どういう……」
 バーの中。マスターも、カウンターに座った客も、皆ぴくりとも動かない。ツタが絡まり、止まっている。
「寝てますねぇ」
「生きてるのか?」
「息はしてますよ、よく見てください」
 よく見ても、息をしてるかどうかはわからない。血色が悪いわけではないし、きつねの言う通り寝ていると判断するのもなくはないのか……?
「澱んだ臭いとか、しないでしょ」
 俺は鼻をすんすんした。
「森の匂いがする」
「まあ樹海ですからね、呑まれちゃったんでしょう」
「呑まれたら困るだろ」
「まあ、困るかもしれませんね」
「起こさないと」
「あのねぇ、そんな簡単に起きると思います? 眠りっていうのは呪いですよ。しかもこれ、樹海の力でしょ。よそからやってきた僕たちがちょっと何かしたところで解ける類いの呪じゃない」
「そうなのか……」
 俺は視線を下げる。
「放置するしかないのか」
「うーん」
 きつねは手を頬に当てた。
「世界が無になってきてるってことでしょうねぇ」
「どういうことだ?」
「今までルールを守っていたものが、ヒトや獣の管理から外れてきてるんじゃないですかねぇ」
「ええ、難しいな……暴走してるってことか?」
「まあ、そう、ですかね」
「歯切れが悪いな」
「だって暴走って言葉強すぎでしょ」
「同じだろ」
「言葉は繊細なんですよ。扱い方には気をつけないとぉ」
 ふぁ、ときつねがあくびをする。
「どうした、ひょっとして面白くないのか」
「そうですねぇ……お酒が飲めると思ったのに飲めないからぁ……とりあえず座りません?」
「座るって、どこに」
「テーブル席あるでしょ。これですよ」
 入ってすぐのところにあるテーブル席。
 よいしょ、ときつねが手前側に座った。そのまま俺の手を引っ張り隣に座らせる。
 強引だな。
「あ、僕はドリンクいいんで」
「聞いてねえよ……そもそもドリンクなんてないだろみんな寝てるんだし」
「はぁ……わかりませんよ、あるかもしれないでしょ」
 そのとき俺の耳にチキチキ、という音が入った。そういえばこの音、バーに入ったときから微妙にしていたことに気付く。
「怪音がするんだが」
「どうせメカでしょ、そういう音ですよ」
 奥の方にあった階段から、白い機械が降りてきた。
 楕円形、一つ目、四本の足。
「こいつ、村の!?」
「叫ばないでくださいよぉ、別個体です」
「いや、だって……」
 機械はチキチキと移動してきて、俺の前にグラスを一つ置いた。
「これは……」
「ミルクでしょ」
「きつねの分は?」
「僕、いいって言いましたから」
「え」
「さっきねぇ、ふぁ」
 くあ、とあくび。
「たぬきくんはそれ飲んでてくださいよ。僕はちょっと、寝ます」
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