英雄たちのロンド

 星魔法使い、ペシミール。
 この国に星魔法の使い手は非常に少ない。希少性の高い星魔法使いは英雄の中でも珍しがられ、研究対象にしようとする者も少なくはなかった。
 ペシミールはそんな研究者たちに協力するでも反抗するでもなく、強引に捕らえられたときも気付けばいなくなっている。
 概念の星くずの欠片は空間をもねじ曲げる。ペシミールは神出鬼没、自由気ままにどんな場所にも現れそしていなくなる。
「頑張ってるね、君たち」
 ある夏の日、ペシミールは旅の宿の中庭でしゃがみこみ、蟻の巣を眺めていた。
「駄目だよ、これは星くずの欠片なんだから」
 腰に付けた小箱を蟻たちから遠ざけるペシミール。
「毒があるから食べられないよ」
 隙間から入り込もうとする蟻たちを払い落とすと、ペシミールは立ち上がった。
「蟻の観察をゆっくりできないのは星魔法使いになってだめだったところかもしれないね」
 宿に向かって歩きながら、ため息。
「んー」
 伸びをする。
「いい天気だなぁ」
 伸ばした手をゆっくりと下ろし、宿の扉をくぐった。
「おや、ペシミールさん。お早いお帰りで」
 モップを持った支配人が声をかける。
「いやぁ、今日は出かけるつもりなかったからね。暑いし」
「ふふふ、そうですか。……レモネードができているんですよ、ペシミールさんもどうですか?」
「いいですねぇ」
 ペシミールがラウンジの椅子に腰掛けると、すぐにウェイターがレモネードのグラスを持ってきた。
「どうぞ」
「ありがとう」
 レモネードに口をつけ、飲む。
「いかがですか」
「いつもながら、美味しいねえ」
「ありがとうございます」
 頭を下げる支配人。
 にこ、と笑うペシミール。
「そういえば、新しく遊園地がオープンするんだってね」
「ええ」
「支配人は行ったことある?」
「休みがないもので」
「そっかー」
 ストローをくわえてんーと言う。
「どんなところなんだろうなあ」
「行かれないのですか?」
「いやーあの辺警備が厳しくてさ……捕まると面倒なんだよね」 
「いい加減、ペシミール様を捕まえても無駄だと理解してくれればいいですのにねぇ」
「ほんとだよ。英雄と一般人の力の差を考えると穏便に済ますのも大変だっていうのに」
「けれど穏便に済まされるのでしょう?」
「そりゃまあ、人倫にもとることはしたくないですから」
「ははは」
 空になったレモネードを下げるマスター。
「今日はこれから読書で?」
「んー、執筆かな」
「おや、執筆。何か書かれているのですか?」
「ちょっと小説をね」
「それは興味深い。書けたらまた拝見させてください」
「いいよぉ」
「昼食はお呼びしましょうか?」
「うん、呼んで」
「おいしいヤマメが手に入ったんですよ……楽しみにしていてくださいね」
「期待できそうだ」
 ひらひらと手を振り、去るペシミール。その手にはいつの間にかペンが握られていた。
 ペシミールの野望はいつか自分を狙う研究者たちに書いた小説を読ませることである。
「頑張るぞー」
 小さな声で気合いを入れる。
 夏が始まろうとしていた。
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