短編小説(2庫目)

 新しい家の中でずっと丸まっていた。

 本当に新しいというわけではない。俺の記憶の中で「新しい」ということになっているから、新しいという認識をしているだけ。
 周囲の人間にとってその家はきっと「古い」家だ。
 物事は尺度を出さなければ比較することはできない。俺は尺度のための数値を出したくないからこんなところで丸まって意識を凍結しているわけで。
 「あのこと」があってからあまりにも時間が経ちすぎた。思い返すことが苦痛なので、凍結したまま過ごしていたらこんなに時が経ってしまったというわけ。
 「あのこと」について話すことはできない。話さないことを選択したから凍結したわけで、話せていたら俺はもうこんなところにはいないだろう。
 いや。それもどうだろう。俺は「あのこと」によって消えてしまった己の可能性について、高く見積もりすぎなのではないか。
 「あのこと」があってもなくても、俺はこうして家で丸まっていたかもしれない。
 どうだろう。
 それなら話してみるのも一興かもしれない。
 
 まあまずは雑談から入ろう。
 神が世間を騒がせているが俺個人にはたくさんの神がいて、その全てから断罪されなければならないと思っている。
 断罪されるのがヒトで断罪するのがあの宗教なら、俺は最高の信徒になれるだろう。
 特定の人間が元々持っている罪悪感を利用して金を巻き上げる。ぼろい商売だ。
 だがそうわかってはいても、巻き込まれ利用されるのが信徒というもの。向こうにもノウハウがあるのだ。
 そうやって俺も騙されたわけで。
 宗教じゃない。だが似たような何かだ。 
 魔王が生きていれば俺もこんなことにはなっていなかったかもしれないと思う。
 ここから本題に入る。
 なんてことはない、新しい家に住んで孤立していた俺を神官が「あなたは勇者だ、選ばれし者だ」と褒め称え、乗せられた俺は旅に出て、本当に魔王を倒してしまった……そういう話。
 話してしまうと実にシンプルな内容だ。隠すようなことでもない。
 その「魔王」が世間一般の倫理で言うと倒してはいけない存在だったことを除けばだが。
 勇者と魔王は対になる。同格の存在を倒すには己が傷を負わねばならない。そうやって魔王を倒して、俺はぼろぼろになってしまった。
 この先社会活動ができないほどの後遺症を負った俺は、魔王がいた場所を離れてあの「新し」くて古い家に帰った。
 神官はというと俺の人生からフェードアウトし、風の噂で新しい勇者を選んだと聞いた。
 どこの世界にも世情に合わせた正しい勇者が必要になる。そういうことだろう。理解はできる。だが納得はできない。
 もしもあのとき俺がうまくやれていれば、俺は今でも「生きていた」かもしれない。
 もしもあのときうまくやれていれば、こんなに苦しまなくても済んだかもしれない。
 そんなことばかり考える。
 思い出すたび、終わった「もしも」が頭をよぎる。
 そんなことを考えても何の意味もなく、さらに苦しくなるだけだというのに。

 俺の話にオチはない。
 何も変わらず、明日も明後日もこの家で丸まり続ける。
 そんな話。
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