短編小説(2庫目)

 何もかもに絶望した俺は、携帯端末で怪しい番号に電話した。
 怪しい番号でかけた先は何も言わずに切れ、その日から俺の携帯端末にはたくさんの電話がかかってくることになった。
 
 個人情報を売る。そういう類のものなのだと思う。
 つまり俺の携帯端末の情報は怪しいところに知られ、売られた。
 生きていく上で何を売るか、個人情報くらいならまあ安いもの。
 流出が避けられない運命なら自分から売ってしまおう。
 そんな感じ。
 
 毎日毎日電話がくる。
 互助会、ガス会社、電気会社、どこかの怪しい宗教、政党からの応援願い。
 持ってる権利を振り向けてほしくて、全ての権利を自由意志でつぎ込んでほしくて、彼らは電話をかけている。
 狙っているのだ。俺を。
 本当に?
 
 震え続ける端末を取っては切り、取っては切り。
『興味ありません』
『間に合ってるので』
『忙しいので』
 俺はいったい何をしているのだろうか。
 わからなくなってくる、しかし俺はもう、かけてくる電話の先しか必要としてくれている人がいないから。
 誰にも必要とされないよりはまだ、カモでもいいから誰かに必要とされたい。
 たぶん俺はそう思っている。
 そうやって深みにはまっていく。
 
 必要とされなくなった人間は無敵になる。
 そのはずだったのだが、元来気の小さかった俺は無敵にはなれなかった。
『相手の気持ちを考えなさい』
 小学校で言われた言葉。
 それが邪魔をして、無敵になれない。
 どうでもいいと思った。どうでもよければよかった。
 縛られているのだ。
 倫理観に。
 
 もはや俺は何者でもなく、レールから落ちたゴミだった。
 
 最後にかかってきた電話は電気会社から。
「お安くなるプランの紹介をしたいのですが」
『すみませんが、間に合ってます』
「何が間に合ってるんですか?」
 反射的に電話を切る。
 明らかに、返しが異質だった。
 怖くなって携帯端末の電源を落とす。
 落としてしまえば後は楽で、誰からも電話はかかってこない。
 そもそも俺は電話が苦手だったのに、どうしてこんなことをしているのだろう。
 わからない。わからないから、端末を机の下のぐちゃぐちゃの箱の中にしまいこんで、布団を被る。
 
 異世界への窓は開かなかった。
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