短編小説

 読みたくない。知りたくない。見たくない。聴きたくない。
 ないない尽くしの私の生活はひどく不自由で、地雷原の上を歩いているかのような生き心地。
 起きるのは夕方、寝るのは明け方、一般的な引きこもりの生活。
 減ってゆく貯金残高を見ないようにして、今日も布団に潜っている。

 お腹が空いたら我慢して、限界が来たら冷蔵庫を開ける。転がっているゼリーでも食べて飢えをしのいで、空を捨ててはまた潜る。
 何もしない、することができない。強いて言うなら、頭の中でぐるぐる思考を回している。
 回したくて回しているのではない。勝手に生まれてきて勝手に回るそれらの処理にはほとほと手を焼いている。
 お腹が空いて空きすぎて、何も感じなくなれば思考も勝手に消えるから、その状態をなるべく長く保つこと。何かを食べてしばらく経ったときなんかは地獄だ。間違った存在、社会の空白、そんな言葉が、思いがぐるぐる回って止まらない。眠ってしまえば忘れられるのだが。

 読まず、知らず、見ず、聴かずでも思考はどんどん湧いてくる。
 新聞を読め、ニュースを見ろ、投票に行け、世間はみんなそう言ってくるけどできないのだ、それが。
 思考のライフを削ることに特化した私にはもう新聞を読むことができない。文字が頭に入ってこない。
 ニュースも見られない。部屋にテレビもない。見てもただうるさいだけで何を言っているのかわからない。言葉が頭に入らない。
 投票なんてもってのほか、投票用紙に文字が書けない。そもそも外に出られない。
 困っているようで困っていない、寝ていれば何も感じなくてすむ。自分の思考も世間の声も夢の中までは届かない。

 私を幸せだと人は言う。
 労働も家族も対人関係も今の私には無縁のもの。
 人は私のことを自分勝手にのうのう生きる幸せ者だと言うだろう。
 人がそう言うのならそうなのだ。私が実際どう感じていようが関係はない。生活が不自由でも、思考が余計に回っていても、地雷原を歩くような毎日でも、我慢すればいいだけだし。
 そうやって我慢していればきっと許してもらえると。
 そう思うときもある。
 でも、だめなのだ。
 こうある限り、私は社会の空白。義務を果たさぬ欠陥品。非難の声が止むことはない。
 今もあちこちから私を責める声が聞こえる、耳を澄まさなくとも。
 いや、本当は聞こえはしない、感じるだけ。感じるだけだが聞こえている。そのように思えるのが確からしい。
 正体はきっと自責にすぎない。けれどそれは間違いなく世間の声なのだ。

 自責。
 止むことはない。こうある限り、ずっと。
 それを見ないようにして、聴こえないようにして、読まないようにして、知らないようにして、意識をぼやけさせて生きていくのが今できる精一杯のことだ。
 勇気のない私に自存在を消すことはできない。何があってもだらだらと続いてしまう命の灯をともし続けることしか私にはできない。
 贅沢だと言うならそうなのだろう。
 それすら自責。

 世間の声を受け入れる。受け入れるだけ。そうして蓋をして潜っている。
 ずっと。

 今日も夕方に起きて、明け方に寝る。

(おわり)
108/190ページ
    スキ