短編小説(2庫目)

 塔を捨ててから■■日。俺は何も変わらない。
 塔の勇者だった頃は毎日塔を積んでいるだけでよかった。贖罪のことだけ考えて、その他のことは捨てていればよかった、むしろ、早く死ねれば死ねるほど良いので、日常生活のことなど捨てた方がよかった。

 しかし俺は塔の方を捨てた。
 もうそれ以上贖罪する必要が感じられなくなったからだ。
 ■■でしまった者のことをいつまでも考えていても仕方ないし、それがそうなるよう仕向けた者のことだって考えれば考えるほど無駄だと思った。
 神だっていなくなったし。
 
 何もかも、贖罪するには逆風だった。
 そもそも贖罪なんて行為が無駄で、自己満足でしかない。そんなことを言うのは塔を積んでいた頃の俺を否定することになるけれど。
 人生を無駄にしていた。実際そうなんだろう。■■の不在を受け入れられずにただ塔を積むしかなかったあの頃。
 考えても仕方がない、が、考えてしまうのも俺の性分のようで、勇者は黙って剣を振るっていればいいなどという意見もあるがどうにも考えてしまう。
 だから塔なんて積んでいたのかもしれないし。
 
 己の深くに潜ってみても何も見つけることはできないし、何か得たと思ってもそれはまやかしなんだ。そう言われたことがあった。
 それが本当だったのかどうかはわからない。
 仮に塔を積んでいた時間が無駄だったとしても、塔を捨てたという結果までは無駄にはならない。はず。
 
 王は遠く、あの神官も遠く。
 恨むのも憎むのももう遅い。何もかも終わってしまった。死んでしまった。
 けれども今、死んだはずの世界には春が来て、何もかもが新しく始まろうとしている。
 何一つ変わってはいないのに、どうしてなのだろう。
 ひょっとすると生命は長すぎる終末には耐えられないのかもしれない。わからないけれど。
 
 だから俺も旅に出なければいけないのだろうか。勇者らしく?
 とてもそんな気にはなれなくて、今日も消失した塔の跡地で一人。
 復興した町で食べ物を買って、小屋に帰って食べて、木を切って、売って。
 そんな毎日。
 
 生きる気を失ったわけではない。生きたいとは思っている、ただ気力がないだけ。
 贖罪をやめたからといって人生そんな簡単に変わるわけでもないし、何もかもをハッピーエンドにしてくれるような魔法はない。
 失ったものに代わるような何かを探しているのも変わらないし、自分を変えたいのも同じだ。
 
 勇者じゃなくなりたいのか、それとも何になりたいのか。
 それもわからない。
 全てをやめるわけにもいかないし、全て頑張るわけにもいかない。
 ただ日々を生きるだけ。
 きっとそれができるだけまだましだと思って生きた方がいいんだ。それはわかっている。
 いや、本当はわかっていないのかも。
 いずれにせよ俺はここを離れた方がいいんだ。
 神に選ばれた地でいつまでも生きるわけにもいかないし。
 
 そんなことを考えながら、今日も何かを探している。
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