短編小説(2庫目)

 何もかもが嫌で仕方がない。仕事も嫌で仕方がない。嘘の体調不良を口実にした有休届を出したいと思いながら日が過ぎて金曜になってしまった。
「あーあ。突如会社が休みになったりしないかな」
「するよ」
「なにっ」
 瞬間、世界が暗転した。







 目を開ける。
 視界がぼやけている。違う、世界がぼやけているのか。
 辺りは暗く、よくわからない瓦礫のようなものがふわふわと浮いている。
「どこだここ……」
「虚無だよ! 世界は滅びました」
「じゃあ会社は休みになったのか」
 一番最初に気にしたのはそんなことだった。
 目の前にいる相手、黄色いカーディガンを着た背の低い青年は、さあね、とひらひら手を振る。
「そんなの僕が知るわけないからね」
 俺は青年を睨む。
「さっき会社が休みになるって言ったのはお前じゃないのか」
「そうだけど」
「休みになってないなら会社に行かなきゃいけないじゃないか」
「こんな状況で会社に行けるとでも?」
「……この国の国民は真面目だから、地震や台風の日でも会社に行こうとするんだぞ」
「それ、真面目って言う?」
「言うだろ。しかもそういう日に限って出社したら普通に会社がやってたりする」
 青年は口角だけ上げた表情で、俺を見ている。
 俺は続ける。
「評価落ちるだろ。真面目に行かないと」
「……」
「だから俺は、会社が休みになってないなら今日も行かなきゃならないんだ」
「さすがに今日ぐらいは行かなくても許されると思うけど」
「いや、今日エイプリルフールだろ? 世界が滅んだってのは嘘だろ?」
「さあ、どうかな」
「だいたいお前は何なんだよ。急に出てきて。お前が現れた瞬間に世界が滅んだみたいに思えるけど」
「僕は四月」
「四月?」
「十二ヶ月の四月の化身さ」
「……そんなものがいるなんて聞いたことないが」
「世の中にはまだまだ君の知らないことがいっぱいあるのさ。君だって今日世界が滅ぶなんてことは聞いたこともなかっただろ?」
「……確かに、今日終末が来るなんてことは聞いてなかった」
「ほらね」
 四月は笑う。
「だから、四月の化身がいても不思議じゃないのさ」
「まあ、それは百歩譲って信じても良い。だが」
「なんだい」
「俺はこれからどうすれば良い?」
「僕に聞かれても困るね」
「会社に行かなきゃならない」
「だから、行かなくていいって」
「会社が潰れたなら行かなくてもいいが、やってるなら行かなきゃならない」
「君のその愛社精神はどこから来るんだい」
「俺は会社は嫌いだぞ」
「へえ? すごく好いてるみたいに見えるけど」
「冗談じゃない。会社を憎みながら毎日会社に行って、嫌々働いて、給料を貰っているんだ」
「現代人だね……」
「何だその感想」
「十二ヶ月はホワイトだよ。まあ僕らは概念だから、疲れるとかもないんだけど」
「羨ましいな……俺も十二ヶ月になりたいよ」
「いいね。ちょうど五月が空いてるんだ。なりなよ、五月」
「えっ……急じゃないか?」
「なりたいって言ったのは君だろ。それに、この滅んだ虚無にずっといても退屈だろうし」
「ご配慮どうも……というか、お前まさか元々そのために俺を……?」
「さあ、どうかな」
 四月はにこ、と笑ってぽんと手を叩く。
「さ、ようこそ五月。次の勤務は来月だ」
「世界が滅んだのに?」
「僕たちの勤務先は別の世界だからね」
「お前別世界の概念だったのかよ」
「そうさ」
「なんかよくわからんが……ホワイトな職場なら頑張って働く。よろしくな」
「うん、よろしく」
 そうして、この世界は滅んだ。
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