短編小説(2庫目)

『私が死んだら奴は「悪かった」と言ってくれるだろうか?』

 これはちょっとした実験の記録である。
 生涯何も為し得なかった者が、最後に実験をしようとする記録。

 私は罪を犯した。
 罪には共犯者がおり、本来は半量ずつ持つはずの罪であった。
 だが奴は抜けた、捕まったのは私であり、全てが私の責任となった。

 これは比喩である。私は本当に捕まったわけではなく、また、罪は法に問われるものでもない。
 全ては実験である。

 さて。
 前略、私は死ぬことにした。
 私が死んだら奴は「悪かった」と、「悪いことをした」と思ってくれるかどうかを確かめるために。
 死ぬまで罪悪感を抱いてくれるか確かめるために。

 しかしこの実験の問題は、実験後に私が結果を確かめる術がないことである。
 死後の世界を信じ、親しい友人に顛末を記録してもらって墓の前で報告してもらうことで完成とすればいいのだろうか。
 それともどこかに物好きな神でもいれば、この実験を見守ってくれるだろうか。
 いずれにせよ、物事は思い付いたらあとは勢いである。計画書だけ残してノープランで決行である。

 これは私の実験だった。

 それでは諸君、さようなら。







「■■、死んだんだってよ」
「へえ、不幸な事件だったね。でも、死ぬってことは自分を殺すってことだから罪だし、あいつは最後まで自己責任だったと思うよ」



「知り合いが死んだらしい」
「へえ、そうなんだ。かわいそうに」
「僕が原因だと遺書に書いてあったらしい、どう思う?」
「そんなの死人の勝手な擦り付けだよ。あなたに罪はないし、何より向こうが勝手にやったことなんだから、責任なんて発生するはずもない。迷惑な話だよ」
「僕が全てやったことになってるらしいから、僕は黙らないと」
「かわいそうに。あなたは被害者なんだよ。黙る必要なんてない、かわいそうに」
「そうだよね。ありがとう」




「もう、どうしてこんな忙しいときに死ぬんだろう。いくらでも生きられる命があったはずなのに。介護で手が足りないっていうのに、死ぬぐらいなら手伝ってもらえばよかった。恨むよ」
「その通りだ。勝手な判断だった。彼は少しも悪くない。我々は被害者なんだ」



 ■■は死んだ。
 彼の実験は失敗に終わった。
 突発的に死んだので、実験結果の確認を依頼した相手もなく、彼は一人孤独に死んだ。
 それを観察している私は誰かって?
 さあ。
 けれども、孤独に死んだ彼に花でも手向ける人間が一人ぐらいいたっていいだろう?
 そう思って、今日は君の墓に来たんだ。
 君は入ってはいないけどね。
 家族が忙しくて納骨できないというので、骨壺は家に置いたまま。
 フフ。
 真に哀れだったのはいったい誰だったのだろうね?
 哀れだなんて評価はきっと下されたくはなかったろうね。

 さて……そろそろ行くよ。
 孤独な研究者に幸あれ。
 と言っても、もう死んでいるから幸も何もないのだけれど。
 それじゃあ皆さん、さようなら。
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