蛇を積む

「動くな」
 帽子とサングラスにスカーフをした人間は、俺に銃を突きつけてそう言った。
「な、なんです……急に」
「黙れ、蛇に魂を売った裏切者ごときが口をきくな」
「そんなことを言われても」
「黙れ」
 カチ、と音がして俺は黙る。
 さすがに命の危険を感じてまで説得を続けるほど肝がすわってはいない。何せ俺は蛇に魂を売るような人間なので。
「蛇の情報を喋ってもらおうか。そうすればお前を蛇から解放してやる」
 解放?
 どういうことだ?
 俺は首を傾げる。
「いい話だ。少し喋るだけで蛇の支配から逃れられる。それだけではない、我々にそれを喋ることで、同胞たちの解放の一途にもなる。これは種の自由への協力だ」
「……」
「喋るのか、喋らないのか、どっちなんだ」
「まず解放ってのがよくわかりませ」
 銃声。
「必要なことだけを喋れ」
 ビビった。とんでもなくビビった。背後の壁に穴が空……いているのだと思う。銃を突きつけられて動けないので確認も断定もできないが。
 身が竦む。
「喋るのか? 喋らないのか?」
 どう考えても危機的な状態だ。しかし、恐怖が反転したのかどうかはわからないが、俺はだんだん腹が立ってきた。
 暮らしに疑問や不安がないと言えば嘘になるが、一度蛇に魂を売った身だ。上司には俺が人間であるにも関わらず優しくしてもらった恩もある……そんな風に思うのが「人間として」間違いだということはわかっているけれど。
 どちらにせよ、喋った時点で俺の蛇社会での地位は吹き飛ぶ。スラム街に戻ったとしても人間を裏切った身として村八分にされるか、最悪殺されるかもしれない。
 それならば、喋らずに今ここで殺されておいた方がまあ無難だろう。
 しかし死ぬのは嫌だ。
 ではどうするか。
「………」
 沈黙を続けるよりほかはない。
「喋るのか、 喋らないのか」
「…………」
「早くしろ」
「……………」
「早く!」
 銃声。
 また後ろの壁に穴が空く。たぶん。
「お前が喋らなければたくさんの同胞が犠牲になるんだぞ」
「いえ、俺の同胞は蛇なので」
 気付くと言っていた。それが本心かどうかもわかならない。
「なるほど、喋らないということだな」
 相手が銃を構え直す。
「では、死ね」

 俺は目を瞑る。

 大きな音がした。







 すぐに意識が落ちるかと思ったが、いつまで経っても意識は落ちないし、衝撃もやってこない。
「……?」
「おっと、目を開けない方が良い」
「シュレーディングさん!?」
 俺は目を見開く。
「いけない」
 暗闇。
「あれ……」
「私の触手だ。この光景は君にはショックが大きいと思うので、一時的に目を塞がせていただくよ」
「どうなったんですか、俺は」
「君は無事だ。間一髪のところで私が奴を、その……」
 言いにくそうにするシュレーディング。
「やっつけてくれたということですか」
「まあ、そういうことだな。君も同類のその……生きていない姿などは見たくないだろうと思ったので、こうして視界を奪わせてもらっているということだ」
「ああ……ありがとうございます」
「なんのなんの! 蛇として当然の配慮だよ」
「はあ……」
 何の幸運か、俺は上司に守られたらしい。
 つまりはもう少し生きながらえられるということか。
「既に周囲は部下たちに守らせている。残党がいないかどうかもチェックさせている」
「なるほど……」
「君はもう今日は帰宅していいぞ。私が送ろう」
「あの、台車は……」
「台車は部下に運ばせておく。こんなことになってすまなかったね」
「いえ……いいんです」
 決して良くはなかったが、しかし、この状況で「いいんです」以外どう返答しろというのか。
「帰ろう、人間くん」
 そう言って、上司は触手らしきもので俺を促す。
「わかりました、シュレーディングさん……」
 上司が笑ったのが気配でわかった。
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