蛇を積む

「さて……今日は廃倉庫に手押し式の台車を取りに行ってもらおうと思う」
「えっ」
 確かそれは昨日断ったと思うのだが……
「安心したまえ、社の蛇を後から合流させるからね」
「……」
「心配かね?」
 廃倉庫はスラム街の近くにある。
 基本的に、蛇に魂を売った人間はスラム街の人間からは憎まれている。
 俺が倉庫に入るのをスラム街の人間に見られたら、何をされるかわからない。一応警備はされていると思うが、それがどこまで機能するのかもわからないし。
 しかし、
「いえそんな。社の倉庫ですから……」
 建前を述べる。本音など言えるはずがない。社の人間保護に異を唱えることになる。
 だが本心は我が身が可愛くて仕方がない。俺も蛇に魂を売ってはいるが、社に命を捧げるほど忠誠心ができてはいないし。
「ですが社員さんがご同行くださるなら心強いですね。俺一人では台車がどこにあるのかわからなくなるかもしれませんし」
「うむうむ!」
 上司が目を細めて頷く。
「では準備ができ次第、先に向かっておいてくれたまえ」
 俺に鍵をそっと渡し、シュレーディングはその場を去った。



 気が進まない。全く気が進まない。
 しかし、上司に言われたからには行くよりほかはない。断ったところで俺の社内の地位が危うくなるだけだし、そもそも蛇社会内の人間の地位なんて吹けば飛ぶ埃よりも軽いのだ。
「はあ……」
 のろのろと歩いているのに一行に社員さんは来ないし。
 そうこうしている間に社の敷地から出てしまう。
 会社的にも俺を一人で行動させていていいのだろうか。疑問に思ってしまう。
 しかしいくら疑問を抱こうが、それを能動的に解消する手段は俺にはないし、その疑問を口に出す権利なんかも一切ないのだ。
 上司は蛇権派なので俺を尊重してくれるかもしれないが、それを監視システムなどに訊かれていたら……と思うと口に出す気力も萎えてしまう。
 上司、シュレーディングと接していると、本当はそこまで気にする必要はないのかもなどと思う瞬間もなくはないのだが、しかしそう思わせることで蛇に魂を売った人間の口を軽くして反乱の意図がないかどうかをチェックしようとしているのだろうとも思うし、この社会で人間が堕ちずに生きようとするなら、決して誰も信じてはいけないのだと思う。
 そんな生活は疲れてしまうが。
 何度目かのため息を吐いたところで、廃倉庫に到着する。
「えーと鍵……はこれか」
 旧式の鍵だった。確か、南京錠とか呼ばれていたものなんじゃないか。
 廃倉庫、とはもしかして、いつからあるのかわからないこの会社が人間のものだった頃に使われていた倉庫、とかそういうやつなのか?
 わからないが。
「……」
 がちゃがちゃと鳴る、鍵は錆びていてなかなか嵌まらない。
「……開いた」
 南京錠を回収し、がらがらと引き戸を開ける。
 暗い。
 電気のスイッチを探すがありそうなところにレバーはない。
 旧式の倉庫なら、ひょっとして人間向けの設備になっているのかも。
 そうだとしたら、電気はスイッチ式で、もう少し高いところにあるのか。
 それらしきところを手探りで探すと、スイッチがあった。
 ぱち、と灯りが点く。
 廃倉庫が照らし出される。



 倉庫内は意外と整理されており、用途別に分けられ棚にラベルが貼られていた。
 おかげで台車はすぐに見つかった。
 これで安心だ。
 と、
 気配。
 社員の蛇が来たのだろうか。
 探すことに集中してしまっており、全く気付いていなかった。
 俺は振り返る。
 そこにいたのは帽子とサングラスとスカーフをした人間で、何か銃のようなものを俺に突きつけるところだった。
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