蛇を積む

 精神集中して塔を積む。
 精神集中して塔を積む。
 精神集中して……
「……人間」
「はい」
「………」
 やってきた蛇、上司――シュレーディング――の、部下だろう。
 座り込んでいた俺の目の前に段ボールをとさっと落としてすぐ去ってゆく。
「あ、ありがとうございます」
 返事はない。
 おそらく、人間が嫌いなのだろう。知っている。知っているから傷付くこともない。
 そのはず。
 しかし。
「はあ……」
 やっぱり、冷たく扱われることには慣れない。
 上司が表面的にはにこやかなせいで、他の蛇から冷たい目で見られたり無視されたりすると落差を感じて落ち込んでしまう。
 蛇は蛇、人間は人間。魂を売ったって俺は人間なんだから、蛇にはなれないし、同じように扱ってもらえることもない。
 わかっている。
 わかっているはずなのに、落ち込む。
 そう、無益で無駄な行為だとわかっているはずなのに。
 俺は首を横に振ると、周囲に溢れているペットボトルを段ボールにからからと詰めて立ち上がった。



 何度も往復し、ようやく全てのペットボトルを部屋に運び込むことができた。
 さあ、塔を積まないと。
 段ボールは返さないといけないのか?
 ……でも、これからペットボトルを運ぶ作業を俺がすることになるなら段ボールはあった方がいい。
 ペットボトルを運び終えたこともシュレーディングに報告しに行った方がいいだろうか。
 ……嫌だな。
 また冷たい目で見られる。たくさんの蛇から。
 俺は俯く。
 しかし状況は変わらない。
 ペットボトルを数個、積んでみる。
 状況は変わらない。
 俺は立ち上がった。そこに、
「人間くん、どうかね」
「シュレーディングさん……」
 上司がやってきた。
「ペットボトルは運び終えたかね?」
「あ、終わりました。段ボールは……」
「いいよいいよ。この部屋に置いてくれて。これからも使うと良い」
「ありがとうございます」
「なんのなんの。……部下が失礼をしなかったかな?」
「……大丈夫です」
「そうか! ならよかった」
 上司がにこ、と笑う。
「では、頑張ってくれたまえ」
 出ていく上司。俺はペットボトルの山に向き直って、積み始めた。
 シュレーディングはたまに押しつけがましいことを言うが、他のどの蛇たちよりもましな態度を俺に取る。
 どうして彼だけ態度が違うのか、俺は知らない。蛇権派だと彼は言っているけど俺は蛇じゃなくて人間だし、対象外では?
 ともあれ俺は彼に拾ってもらった身なので、あまり大っぴらに文句を言うことはできないし、そうだ、蛇を理解しようとすることは辞めたんじゃなかったのか。
 違う種の者を理解しようとして堕ちていった者はたくさんいる。理解しようと思う方が間違っているし、蛇たちにそれを知られたら「人間ごときが思い上がって」と言われるに決まっているのだ。
 分をわきまえない人間は堕ちてゆく。
 人間ではない、何か別のものに。
 そうして人間でも蛇でもない何かになったとき……スラム街からは追い出されているのを見たけれど、蛇社会でそうなった人間がどうなるのか、俺は知らない。
 そもそもあれこれ調べることが禁じられているからな。権限がない。人間がアクセスすることを許されたSNSしか見るものがない。あとは蛇社会になる前に発行された本などが与えられている。
 こんな社会だったんだな、とは思うけどそれ以上の感想がない。そんなの持ったって仕方がないし、疲れるし。
 ともあれ塔を積まないと。
 積む。
 積む。
 崩れる。
 そうやって積んでは崩し積んでは崩しをしているうちに、塔を積むことしか考えられなくなって俺は塔を積んだ。
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