短編小説(2庫目)

 ごろごろと穴に落ちていくものたちをずっと見ていたが、それは俺自身の欠片なのである。
 穴の底には絶望やら虚無やらが広がっているのだが、そこから出てきた靄のようなものが俺の破片を削り取って穴の底に落とすのである。
 困ったものだと見ているが、穴の暴虐は止まらないので俺はじっと耐えるしかないのである。

 困った。本当に困った。

 穴が空いたのはいつからだったか、もう覚えてはいない。
 小さい頃はこんな穴などなかった気がする。穴があるところには「俺」がいて、何かに興味を持っては笑い、遊んでは笑い、そんなことばかりしていたような。
 だがいつからか「俺」は死んでしまい、そこには大きな穴が空いた。
 穴の底には先ほど述べたように絶望やら虚無やらが溜まっていて、地表に残っている残りわずかな俺の欠片を削り取って穴に引きずり込むのだ。
 恐ろしい穴。
 だが、そう恐ろしくもないのかもしれない。穴はただの穴であり、そこに自我も意思も思想もなく、穴から靄が出てきて俺の欠片を持って行くのはただの反応にすぎないと考えてみると穴は……まあ、そこにあるだけのものになる。
 そもそも穴はどうして空いたのだろうか?
 その辺りはまあ、■■になるので言えないし、思い出そうとするとたぶん穴から大量の靄が吹き出してきて俺のほとんどを削り取ってしまうであろうから、やめておく。

 「言えないこと」が多い。しかしこれでも減った方なのだ。
 ひどいときは地表にいる俺のほとんどが靄に包まれており、前も後ろも上も下も何も見えない状態になっていた。あの時は困ったな……まあ困ったと言いながら生きることは普通にできていたのでまあ、いいんだが。
 人間は思ったより頑丈で、自分に大きな穴が空こうが身体の大半が靄に包まれようが外から見ると普通に日常生活を送れたりしているものなのだ。そして本人も、穴が空いているだとか靄に包まれているだとか、そういうことには気付いていなかったりもする。
 妙なものだ。

 靄をぱたぱたと手で払いながら、こんなことをしていていいのだろうか、と思う。 
 本当は靄の中身を解析するなどして、分解・浄化するべきなのだ。手で払ってなかったことにするなどということは対症療法にすぎない。
 だが現実問題靄は日々出てきており、解析して分解・浄化などしていては間に合わない、全身が穴に引き込まれてしまう。
 だから手でぱたぱたと払って、なんとか生きられるレベルまで落としているのだ。
 ぱたぱたと払う。靄は纏わりつく。
 見ているだけで終わらせたい。待っていれば嵐が過ぎると信じたい。
 だがそれでも穴は確かに空いており、いくら待ってもなくならないのである。

 困った。困っている。どうしようもないのだが。

 困った状態が長く続きすぎた者は感覚が麻痺して自分は普通だと思い込むらしい。
 俺は違う、違うのだが、俺は自分のことを普通だと思っている。
 こんな穴ぐらい誰にだって空いているし、靄が自分を削って欠片を穴に落とすことだって色々な人が体験していることだろう。
 俺は普通だ。たぶん普通。
 もしかすると、普通であらねばならないのかもしれない。
 普通の家庭に育ち、普通の人生を送ってきたから。
 いや……
 ■?
 それは穴の底にあるものの正体であるので。

 纏わりついて離れない。いつになったら自由になれるのだろうか。
 「呪われし過去」という名をつけたってそれは手垢のついた概念としての姿を見せるだけで、俺は俺の穴の底にあるものを俺自身の体験として俺自身の言葉で真名開示しなければいけないのだろう。そんなことはわかっている、わかっているのだが。
 そんなことをしている暇があったら俺は■■しているのだ。
 どうかな?
 それも「普通」の一環なので。
 分けられないので払うしかない。払って払って少しでも視界がよくなるように祈ること。
 UFOはやってこない。

 穴の底を覗き込んではいけない。落ちてしまうから。
 それなのに俺は今日も夜になると穴を覗いて、後悔するのだ。
 お前もこっちに来ないかと。
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