短編小説(2庫目)

 穴の底に向かおうと思った、けれどもそれは既に為されていることだったのでやめた。
 深い深い穴に下りてゆく者は誰もいない。なぜなら穴の中は絶望と虚無で埋まっているので。
 既に為された穴は絶望もあれば希望もあれば冒険心もあったというのに俺がいるところの穴には希望も冒険心もありゃしない。
 けれども困りはしない。こんな穴に降りていこうとする奴なんてきっとどこにもいないからだ。
 この穴の中にある絶望と虚無をひょっとするとなんとかする必要があるのかもしれなくて、だから俺は穴の底に向かおうなんていう気持ちを起こしかけたのだが、おそらく逆に囚われて死ぬだけなので辞めた方がいいのは道理だし、もし昔の友人がここにまだいたとしても、そんなのはやめておいた方がいいよと言ったことだろう。
 だから穴に降りるのはやめる。このままここで座り込んだまま、穴の脅威に怯えるだけで終わる、世界はとうに終わっているが、俺自身が終わるまでもきっとそうしているんだろう。
 物語なんてそんなものだ。希望も冒険心もないまますぐに終わってしまう。希望や冒険心のある物語も世の中に存在してるのは知ってるが、俺の物語はそんなのじゃない。
 腐った奴が腐ったまま腐って終わり。そんな物語。
 だって俺自身がそうなんだから仕方ない。
 希望がない。冒険心を起こしても何も起こらない。無為、無益。そんな存在。
 時々希望を起こしても、穴に放り込んで終わるだけ。
 あの物語みたいに穴が未来に繋がっていたらよかったのにな。生憎そんなことはなく、穴の底は虚無、果てしない虚無。
 それがわかっている、それを知っている。
 知っていることばかりの中で生きている。知らないことも知っていることになって、穴の中。
 俺には何もない。何もなくて、何も起こらなくて、何も上がらない。落ちるだけ。
 周囲のものが全て穴に落ちていくのをただ見ている。ときどき上がっていくものもいるが、そんなのは一握りでいずれまた落ちてゆく。わかっている。わかりきっている。
 それなのになぜあれらは生きているのだろうか。いや、生きることに理由などない、そんなことはわかっている。はず。
 だから俺がこんな虚無の穴の縁にずっと座っていることにも理由なんてない。
 ないんだ。
 今度こそここで終わり。何もせず、何も為せずに終わっていく。終わりなんだ。終わり。
 終わり。
 そう思えたらよかった。
 残念ながら。
49/123ページ
    スキ