英雄たちのロンド
「よっ、ハサミ斬!」
クラクラが両手のハサミを振り下ろすと魔物は一刀両断される。
人型の手だけハサミに変化させたそのハサミは蟹のハサミのようで、切れ味というよりは鈍器めいているのだがそれでも切れてしまうのは英雄という存在の不思議さゆえか、それとも……
「エメラルド、お待たせー」
「私も戦えるって毎回言ってますよね?」
「それでも、蟹は美少女を守るものだよ!」
「よくわかりませんね……」
私の同行者兼保護者、蟹=ヒトの英雄クラクラはよくわからない存在だ。
過去に闇を背負っているだとか拭えぬ泥を持っているとか色々言われているけれど、本人はそれを言う気はないらしい。
なので私はこうして観察日記めいた日記をつけて、少しでも、謎と言われることがわかるよう、そして、言ってくれる気になったら忘れないようにメモするつもりもこめて、書いている。
「クラクラ、今日のご飯はなんですか?」
「今日は蟹だよ!」
「今日も蟹ですか?」
「毎日蟹だよ!」
「ずっと思ってたんですけど、それ、いいんですか?」
「何が?」
「あなたも蟹でしょうに、同族を私に食べさせることについて何も思わないんですか?」
「え? それはうんごにょごにょ……」
「何ですか?」
「いやぁ今日は夕陽が綺麗だなあ」
「確かに夕陽は綺麗ですけど、誤魔化さないでください」
「いや……その……君は僕が突然死んだらどうする?」
「縁起でもないこと言わないでください。弔いますよ」
「それで?」
「その後一人で旅を続けますけど」
「うぬぬぬぬ……」
「何がうぬぬぬぬなんですか」
「僕の死体は」
「埋めますよ」
「うぬぬぬぬ……」
「何ですか、気持ち悪い。言いたいことがあるならはっきり言ってくださいよ」
「本当に大事なときまで黙ってるって決めたんだ!」
「はあ……」
こんな風に物事を隠すクラクラだが、友人たちには隠し事をせずに色々と言っていることを知っている。
私もその友人たちと同じように扱ってほしいのに、クラクラは、君は美少女だからいいんだとか言って取り合ってくれない。それがいつも気に入らない。
「私に秘密があるのはいいですけど、肝心なときまで黙って死なないでくださいよ」
「うん、そこは大丈夫! いつか言うから!」
いつかっていつだよ。
そう思うが、言わない。
しかし私は知っているのだ。
クラクラは私に、自分の蟹の身体を食べてほしいと思っている。
それをなぜ私に言わないのかはわからない。
しかし私は常識的な人間であるので、クラクラが突然死んでも身体は食べずに埋めてやろうと思っている。
それが私を人間扱いせずに「美少女」としてのみ扱うクラクラに対する何らかの報いになるならば、私はそうする。
憎いのかもしれない。だが嫌いなわけではない。どちらかというと好きの部類に入るし、愛憎は表裏一体とも言うし、何より私はどう考えてもクラクラに執着している。そうでなければこれほどクラクラについて考えるものか。日記だって執着していなければ書いていない。
そう、悔しいがこれは執着だ。
本当にクラクラが死んだときどうなるのかは知らない。こう毎日蟹ばかり食べていては、敵の洗脳魔法とかにかかったときにうっかりクラクラを食べてしまったりするのかもしれない。
わからない。案外クラクラはそれを狙って私に毎日蟹を食べさせているのかもしれない。
私にだけ秘密主義のクラクラと私はこれからも旅をするのかもしれないし、ある日突然別れてしまうのかもしれないし、わからない。
わかるのは、今日の夕食が蟹だということだけ。
「エメラルドー、早く行くよー」
「わかっていますよ」
数歩先から私を呼ぶクラクラに少しだけ微笑んで見せて、私は日記を閉じた。
クラクラが両手のハサミを振り下ろすと魔物は一刀両断される。
人型の手だけハサミに変化させたそのハサミは蟹のハサミのようで、切れ味というよりは鈍器めいているのだがそれでも切れてしまうのは英雄という存在の不思議さゆえか、それとも……
「エメラルド、お待たせー」
「私も戦えるって毎回言ってますよね?」
「それでも、蟹は美少女を守るものだよ!」
「よくわかりませんね……」
私の同行者兼保護者、蟹=ヒトの英雄クラクラはよくわからない存在だ。
過去に闇を背負っているだとか拭えぬ泥を持っているとか色々言われているけれど、本人はそれを言う気はないらしい。
なので私はこうして観察日記めいた日記をつけて、少しでも、謎と言われることがわかるよう、そして、言ってくれる気になったら忘れないようにメモするつもりもこめて、書いている。
「クラクラ、今日のご飯はなんですか?」
「今日は蟹だよ!」
「今日も蟹ですか?」
「毎日蟹だよ!」
「ずっと思ってたんですけど、それ、いいんですか?」
「何が?」
「あなたも蟹でしょうに、同族を私に食べさせることについて何も思わないんですか?」
「え? それはうんごにょごにょ……」
「何ですか?」
「いやぁ今日は夕陽が綺麗だなあ」
「確かに夕陽は綺麗ですけど、誤魔化さないでください」
「いや……その……君は僕が突然死んだらどうする?」
「縁起でもないこと言わないでください。弔いますよ」
「それで?」
「その後一人で旅を続けますけど」
「うぬぬぬぬ……」
「何がうぬぬぬぬなんですか」
「僕の死体は」
「埋めますよ」
「うぬぬぬぬ……」
「何ですか、気持ち悪い。言いたいことがあるならはっきり言ってくださいよ」
「本当に大事なときまで黙ってるって決めたんだ!」
「はあ……」
こんな風に物事を隠すクラクラだが、友人たちには隠し事をせずに色々と言っていることを知っている。
私もその友人たちと同じように扱ってほしいのに、クラクラは、君は美少女だからいいんだとか言って取り合ってくれない。それがいつも気に入らない。
「私に秘密があるのはいいですけど、肝心なときまで黙って死なないでくださいよ」
「うん、そこは大丈夫! いつか言うから!」
いつかっていつだよ。
そう思うが、言わない。
しかし私は知っているのだ。
クラクラは私に、自分の蟹の身体を食べてほしいと思っている。
それをなぜ私に言わないのかはわからない。
しかし私は常識的な人間であるので、クラクラが突然死んでも身体は食べずに埋めてやろうと思っている。
それが私を人間扱いせずに「美少女」としてのみ扱うクラクラに対する何らかの報いになるならば、私はそうする。
憎いのかもしれない。だが嫌いなわけではない。どちらかというと好きの部類に入るし、愛憎は表裏一体とも言うし、何より私はどう考えてもクラクラに執着している。そうでなければこれほどクラクラについて考えるものか。日記だって執着していなければ書いていない。
そう、悔しいがこれは執着だ。
本当にクラクラが死んだときどうなるのかは知らない。こう毎日蟹ばかり食べていては、敵の洗脳魔法とかにかかったときにうっかりクラクラを食べてしまったりするのかもしれない。
わからない。案外クラクラはそれを狙って私に毎日蟹を食べさせているのかもしれない。
私にだけ秘密主義のクラクラと私はこれからも旅をするのかもしれないし、ある日突然別れてしまうのかもしれないし、わからない。
わかるのは、今日の夕食が蟹だということだけ。
「エメラルドー、早く行くよー」
「わかっていますよ」
数歩先から私を呼ぶクラクラに少しだけ微笑んで見せて、私は日記を閉じた。