英雄たちのロンド

「蟹というのか。困っているのかい?」
『……』
「ラヴィーラさん、何と話してるんですか」
「え? ああ君か。タメ語でいいって言ってるのにいつも礼儀正しいね。異世界の人間は皆こうなのかな?」
「いやラヴィーラさんは恩人なんで。で、何と話してたんですか」
「ちょっと蟹とね」
「蟹!? それって蟹英雄のクラクラさんですか!?」
「違うよ。君英雄に詳しいね」
「英雄作家の書いた本に載ってたんですよ蟹英雄」
「英雄じゃないよ、蟹」
「蟹って……この世界の蟹、喋れるんですか」
「異世界から来た蟹だよ」
「異世界!?」
 異世界から来た蟹とは。同じ異世界同士、俺がいた世界に戻る手がかりが何かつかめ……
『やあ』
「喋ったァ!」
『そりゃ喋るさ、蟹だもの』
「ね? 蟹だろ?」
「蟹ですね……」
『人間を選ぼうとしていたら空間の穴に飲み込まれちゃってね』
「そ、そうなんですか……」
 人間を選ぶって何だ?
『僕たちの世界の蟹は人間を選んでそのパートナーになるのさ』
「らしいんだ。話を聞く限り、まあ慈善事業のようなものかな」
「ラヴィーラさんみたいなですか」
「ん? 僕がいつ慈善事業をしたかな?」
「俺みたいなどこの馬の骨かわかんない奴を拾って騎士団に置いてるじゃないですか」
「はっは。それは事業じゃないよ。友情というやつさ」
「ゆ、友情」
 このイケメン騎士と俺が、友情……
『君たち仲がいいねぇ。まるで蟹とパートナーみたいだ』
「どっちが蟹!?」
『そこはノーコメント』
「ノーコメントなんだ!?」
『ところで君も異世界から来たとラヴィーラくんから聞いたんだけど』
「もうそんな話まで!?」
『そうだよ。僕と同じとこから来たんなら一緒に帰れるなぁと思って』
「生憎俺の世界にそんなすごい蟹はいませんよ」
『えーほんとに? 気付いてないだけじゃなくて?』
「いやいませんって」
『……まだ発現してないのかな……』
「え、なんて?」
『聞こえなかったならいいのー』
「はあ……」
 よくわからない蟹だ。そもそも蟹が喋って会話ができるということ自体信じられないことだ。蟹英雄クラクラなんかは蟹だし喋れるけどあれは英雄だから喋れるのであって、この世界でも基本的に蟹は喋らない……と思う、けど、クラクラの関係者の蟹……家族とか……なら、喋れるのかな、わからん、蟹はわからん。そもそも俺蟹にそんな詳しいわけでもないし。
『君!』
「え」
『ほら、空間の穴だよ』
「えっそんなすぐ」
『一緒に帰るかい?』
「いや同じ世界から来たとは限らないでしょ、来たのと別の世界に帰っちゃったらどうなるんです」
『人間は冒険心がないなぁ。わかった。君たちも達者でね。僕は帰るよ』
 じゃあね~と言い残して蟹が穴に入ると同時に穴は閉じた。
「いいのかい、帰らなくて」
「いや言ったでしょ穴に入ったらさらに別の世界でしたーとかだったらどうするんですか」
「……ここにいるよりはマシなんじゃないのかい」
「どうしたんですかそんな弱気で」
「君も不安かなと思ってね……絶望した人間を蟹は選ぶという。君があの蟹のパートナーになれば……」
「ラヴィーラさん!」
「何だい」
「俺はこの環境とても好きだし、今幸せですよ」
「しかし」
「マシとかそんなこと言わないでくださいよ、異世界に来て友情とか言ってもらって俺すごく嬉しいですもん」
「直球だな君は」
「言わせたのラヴィーラさんでしょ!」
「はっは」
 ラヴィーラはキラリと笑うと太陽を見上げた。
「今日もいい天気だ」
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