冴木宇田シリーズ
「ハッピーバレンタイン」
「バレンタイン?」
講義前に冴木から差し出された包みは妙にでこぼこしていて、リボンだけが綺麗に結ばれていた。
「これは」
「チョコや!」
「へえ。いただけるんですか?」
「渡しといてあげへんってそれ鬼やんか。プレゼントや」
「それはまた」
バレンタイン。
物語の中なんかでは女子が思い人にチョコレートを渡すイベントとして描かれていることが多いが、現実は逆やら義理やら友やらで多様性に満ちている、という知識くらいは持っている。
それが今日だとは思っていなかったが。
高校の頃、クラスの男子生徒たちがもらったりもらえなかったりで一喜一憂していたことを覚えてはいたが、地球人との不必要な接触を避けていた僕にとっては関係のないイベントで、日の終わりにクラスメイト全員に配られた義理と下駄箱に入っていた送り主不明のそれを上司に提出した程度だった。
過去のことはいい。とっくに報告済みのことだ。問題は今。
今、こいつは何のつもりで僕にチョコを渡しているのだろう。
「ほらほら」
冴木がチョコを僕に押しつけてくる。
「遠慮せんでええで、ほらほら」
「では、ありがたく受け取っておきます」
包みを受け取って、よく見ようとした瞬間にチャイムが鳴った。
「うおっもうこんな時間か」
冴木が慌てて前を向く。教授が入ってきた。
僕も包みを鞄の中に押し込み、前を向いた。
◆
「宇田~昼行こうぜ!」
「いいですけど」
「やったー!」
冴木はにこにこしながら上着を羽織り、鞄を持って椅子を引いた。
「二食でええよな?」
「はい」
歩き出す。
「宇田は何にする? 俺はやっぱ昨日始まったさあ、チョコうどん。あれ気になってるんやわ」
「チョコうどん、ですか」
「せや」
「あまり栄養なさそうですけど」
「それがええんや」
「陸上部なのに大丈夫ですか?」
「うっ」
そのことは頭になかったのか。
「サラダも食べるからええねん」
「散財ですね」
「宇田ァ……お前もツッコミうまなったなぁ……」
「いや、別に」
「冷たい~先生宇田くんが冷たいです~」
「……」
冴木と話しているとたまにこんな気分になるが、これが「ウザい」という感情なのだろうか。それにしてはどうにもプラス寄りな気はするが。
いや待てよ、「地球人のような感情」、認識セットにそんな機能はあっただろうか。
まあ、あるからこそ感じているんだろう。気にすることでもない。
「宇田~」
「なんですか」
「急に黙り込まんといてや、不安になるやん」
「不安?」
「嫌われてるんちゃうかって……」
「は?」
「えっ何その反応、ほんまに俺のこと嫌いだったりする?」
「嫌い……?」
僕は冴木のことが嫌いなのだろうか? この「感情」は嫌いという部類に入るものなのだろうか?
「ちょっと~固まらんといてや~怖いってほんま怖いって」
「別に……嫌いというか、普通だと思いますけど」
「ほんま? 普通? えっでもそういうときは好きって言って欲しいわ」
「え」
好き?
「待って固まらんといて冗談やから」
「ああ、ええと、すみません」
好きだなどと。僕が冴木のことを好きなはずがない。そもそも、特定個人に対して「好き」というのがよくわからない。対象に対して愛着を持つということなのだろうが、僕の星にそういうものがない、わけではないのだが、僕個人としてはそういう感情を持ったことはないし、これからも持つことはないのだろうと思っている。
「宇田~」
だいたい調査員は特定個人に執着しないように調整されているはずなのだ。何の間違いか第一次調査隊員の中には結婚などというよくわからないシステムを使っている者もいるようだが、そんな奴らと僕は違う。何せ、僕は環境適応できるよう正確に調整された第二次調査隊なのだ。バグもエラーも存在しない。淡々と任務をこなす、それが僕の矜持だし、上から求められていることでもある。そう、そのはずで、
「宇田~~~~」
「冴木くん? ちょっと何ですかその顔」
「固まるのやめてって言ってるのに~~~」
「ちょっと……泣かないでくださいよ、大学生として恥ずかしくないんですか」
「大学生でも泣くんやで! この前も2001年宇宙の旅で泣いた」
「それはもう聞きました」
「せやから、泣くんや」
「わかってますって……」
「わかってくれるか!」
パアァ、と明るい表情になる。変わり身が早いというか、こいつの行動はどこまで本気でどこまでフリなのかわからないところがある。まあ冴木は単純なバカなのでほとんど素だとは思うのだが、それでも、よくわからないと思うことも多い。
やはり引き続き調査が必要なのであろう。
「いや~やっぱ宇田くんは親友ですなぁ。俺のことをわかってくれるなんてそんな奴は貴重やで」
「何言ってるんですか。冴木くん、友達いっぱいいるでしょうに」
「友達はな~おるけども~」
たぶん、異星人が好きだということを知っている相手は少ないとかそういうことが言いたいのだろう。こいつは自分が異星人好きだということをなぜか隠したがっているから。まあなぜかなんてことはわかりきっている、その「好き」の程度が地球人の常識から言うと「異常」だからだ。
そういう操作をされたから。
どこぞの他の異星人から。
「宇田? 怒った?」
「いえ? そう見えました?」
「いやなんか」
「怒ってませんよ、全然」
「よかったぁ」
「というか冴木くんはそうやって僕の顔色うかがうのやめたらどうですか? だいぶ無駄だと思うんですけど」
「え」
冴木が固まる。その表情が、
まずい。
「冗談ですよ。そんなこと思ってませんって。でも、冴木くんが何言ったって僕はそう気にしませんよ。気にするはずがない。なんせ親友ですからね」
「……ほんまに?」
「本当です」
と言えばたぶん説得できるだろう。認識セットのデータにもそういう物語があったし。
「宇田ァ……」
「ちょ、泣かないでくださいって、食堂着きましたよ」
「ほんまや! チョコうどん!」
「走らない!」
「むー」
走り出しかけた足を止め、僕の速度に合わせる冴木。
まあ、素直なのだ。そこが御しやすいと言えば御しやすい。これからもこんな感じで協力的でいてくれたら、調査もすぐに終わってくれる、とは思うのだが。
「……」
すぐに。
わからない。そのとき起こった感情はまるでバグのようで、そんなことは起こりえない、起こりえないから保留した。
「チョコうどん楽しみやな~絶対ヤバい味する」
「ヤバい味がするってわかってるのに食べるんですか?」
「そこがええんや! 地雷は踏みに行く! それが若者!」
「まあ、若者ってそういうとこありますもんね」
近頃の若いもんは、という言葉が認識セットにも入っている。そんなものなのだろう。
「あっあそこ空いてる」
ててて、と冴木が早足になって、空いていた二席にマフラーとコートをそれぞれ置く。
大学生にとって食堂での席取りは重要だ。取れるか取れないかでその日の昼休みの安定感が違う、的なことを前に冴木が言っていた。まあたぶんそうなのだろう。認識セットにセットされてはいなかったが、今を生きる地球人大学生のサンプルとしての言葉だし比較的重要度は高い。正月の定例会議で報告したが、比較的好評だった。
そういった点で、観察は役に立っているのだろう。
こっちに戻ってくる冴木を見ながら、そんなことを考えた。
「並ぼうぜ!」
「はい」
冴木がいそいそと列に並び、トレーを取る。列が進む。サラダを取って乗せる冴木。僕は冷ややっこを自分のトレーに乗せた。
「チョコうどん一つ!」
「八宝菜をください」
「はいよ」
券を置いて待つ。冴木の方をうかがうと、目を輝かせて調理員の手元を見ている。
ゆであがったうどんにチョコソースがかけられている。たぶんこれ、おいしくはないだろう。というかこれご飯というよりはおやつの範疇に入るブツだと思う。
カウンターにチョコうどんと八宝菜が置かれる。僕は八宝菜の方をトレーに乗せるとレジに向かった。
代金を食堂専用カードで支払う。隣のレジの冴木を見るときらきらとした表情でチョコうどんに目を落としていた。
やっぱりこいつは馬鹿だと思う。
一足先に席につき、冴木のマフラーをたたんでやった。
窓際。席を取りきれなかった学生たちが外のベンチで食べている。
まあ、そういう学生もいる。2月にしては珍しく今日はそこまで寒くないし、いや寒くはあるとは思うのだが、それでも、食べるところがないという問題と寒さに耐えることを比べて食べる方を優先してしまう地球人もいるのだ。そういうとき僕なんかは普通におにぎりか何かを買って講義室で食べるが、冴木なんかはたぶん外で食べるタイプだろう。
「おまたせ~」
ふわふわした表情の冴木が来た。
「待ってませんよ」
「あっマフラー片してくれたん? えー、優しいかよ。親友じゃん……ありがとう……」
「いえ」
冴木はしばらく目をうるうるさせていたが、ややあって、さ、と言って席に座った。
「チョコうどん! 食べるぞ! いただきます!」
「いただきます」
八宝菜を口に運ぶ。何ということはない、いつもの味だ。
冴木はと見ると、チョコうどんを口に入れたまま固まっていた。
「大丈夫ですか?」
はっとして、咀嚼を再開する冴木。飲み込む。
「やっぱりやめといた方がよかったんじゃないですか?」
「いや……」
「?」
「これめっちゃうまい」
「えっ」
「うまい! 宇田も食うか?」
「いや、僕は」
「これは絶対食った方が良い、食わない奴はバレンタイン損してる」
「いいですって」
「はい」
レンゲに盛られたものが差し出される。ここまでされて断ってしまうとこいつはたぶんまた面倒なことを言い出して面倒なことになるだろうから、素直に受け取って、口に運ぶ。
「……」
咀嚼。飲み込む。
「うまいか? うまいやろ?」
「まあ……不味くは、ない」
「うまいやろ?」
「うーん、まあ」
不味くはない。スイーツとしては美味しい方だと思う。だが、昼食としてどうかと言われると、一般地球人の常識的には、たぶん、ない。
「まあ、いいんじゃないでしょうか」
レンゲを返しながら、僕。
「やっぱり? ええやんなあ。得したわ。これで600円って破格すぎやろ!」
レンゲを受け取りうんうんと頷きながら冴木は食事を再開する。
僕も八宝菜の摂取に戻る。口の中が甘くて、やはりあのうどんはスイーツ向けなのだろうと思う。見回してみても冴木以外に頼んでいる者はいない。採算取れるのかと思いながら、うずらの卵やら白菜やら冷ややっこやらを食べた。
◆
「じゃあ俺は必修あるからここでな。宇田は午後教養やったっけ」
「ええ」
「頑張ってな~」
「冴木くんの方こそ」
「……! ありがとう!」
何が嬉しいのかスキップしながら去る冴木を見送って、僕は教養棟に戻った。
その後はいつものように授業を受け、帰路につき、部屋に帰って鞄を片付けて、そうしたら鞄の中からチョコが出てきて、ああそういえばもらったのだったと思ってテーブルの上に置き、開けて、食べて、
「……」
僕は冴木に電話をかけた。
「冴木くん」
『なんや?』
「あれ、手作りだったんですか?」
『せやで!』
「……」
『頑張って作った!』
「……」
『ごめん、まずかったか?』
「まずくはなかったです。……ありがとうございます」
『やったー! ありがとう!』
「なんでお礼言うんですか」
『いや嬉しくて……』
何のつもりかとかはわからない。けど、冴木の声は少し揺れていて、それを聞いた僕は、やっぱりこいつはとんでもなく馬鹿だと思ったのだった。
「バレンタイン?」
講義前に冴木から差し出された包みは妙にでこぼこしていて、リボンだけが綺麗に結ばれていた。
「これは」
「チョコや!」
「へえ。いただけるんですか?」
「渡しといてあげへんってそれ鬼やんか。プレゼントや」
「それはまた」
バレンタイン。
物語の中なんかでは女子が思い人にチョコレートを渡すイベントとして描かれていることが多いが、現実は逆やら義理やら友やらで多様性に満ちている、という知識くらいは持っている。
それが今日だとは思っていなかったが。
高校の頃、クラスの男子生徒たちがもらったりもらえなかったりで一喜一憂していたことを覚えてはいたが、地球人との不必要な接触を避けていた僕にとっては関係のないイベントで、日の終わりにクラスメイト全員に配られた義理と下駄箱に入っていた送り主不明のそれを上司に提出した程度だった。
過去のことはいい。とっくに報告済みのことだ。問題は今。
今、こいつは何のつもりで僕にチョコを渡しているのだろう。
「ほらほら」
冴木がチョコを僕に押しつけてくる。
「遠慮せんでええで、ほらほら」
「では、ありがたく受け取っておきます」
包みを受け取って、よく見ようとした瞬間にチャイムが鳴った。
「うおっもうこんな時間か」
冴木が慌てて前を向く。教授が入ってきた。
僕も包みを鞄の中に押し込み、前を向いた。
◆
「宇田~昼行こうぜ!」
「いいですけど」
「やったー!」
冴木はにこにこしながら上着を羽織り、鞄を持って椅子を引いた。
「二食でええよな?」
「はい」
歩き出す。
「宇田は何にする? 俺はやっぱ昨日始まったさあ、チョコうどん。あれ気になってるんやわ」
「チョコうどん、ですか」
「せや」
「あまり栄養なさそうですけど」
「それがええんや」
「陸上部なのに大丈夫ですか?」
「うっ」
そのことは頭になかったのか。
「サラダも食べるからええねん」
「散財ですね」
「宇田ァ……お前もツッコミうまなったなぁ……」
「いや、別に」
「冷たい~先生宇田くんが冷たいです~」
「……」
冴木と話しているとたまにこんな気分になるが、これが「ウザい」という感情なのだろうか。それにしてはどうにもプラス寄りな気はするが。
いや待てよ、「地球人のような感情」、認識セットにそんな機能はあっただろうか。
まあ、あるからこそ感じているんだろう。気にすることでもない。
「宇田~」
「なんですか」
「急に黙り込まんといてや、不安になるやん」
「不安?」
「嫌われてるんちゃうかって……」
「は?」
「えっ何その反応、ほんまに俺のこと嫌いだったりする?」
「嫌い……?」
僕は冴木のことが嫌いなのだろうか? この「感情」は嫌いという部類に入るものなのだろうか?
「ちょっと~固まらんといてや~怖いってほんま怖いって」
「別に……嫌いというか、普通だと思いますけど」
「ほんま? 普通? えっでもそういうときは好きって言って欲しいわ」
「え」
好き?
「待って固まらんといて冗談やから」
「ああ、ええと、すみません」
好きだなどと。僕が冴木のことを好きなはずがない。そもそも、特定個人に対して「好き」というのがよくわからない。対象に対して愛着を持つということなのだろうが、僕の星にそういうものがない、わけではないのだが、僕個人としてはそういう感情を持ったことはないし、これからも持つことはないのだろうと思っている。
「宇田~」
だいたい調査員は特定個人に執着しないように調整されているはずなのだ。何の間違いか第一次調査隊員の中には結婚などというよくわからないシステムを使っている者もいるようだが、そんな奴らと僕は違う。何せ、僕は環境適応できるよう正確に調整された第二次調査隊なのだ。バグもエラーも存在しない。淡々と任務をこなす、それが僕の矜持だし、上から求められていることでもある。そう、そのはずで、
「宇田~~~~」
「冴木くん? ちょっと何ですかその顔」
「固まるのやめてって言ってるのに~~~」
「ちょっと……泣かないでくださいよ、大学生として恥ずかしくないんですか」
「大学生でも泣くんやで! この前も2001年宇宙の旅で泣いた」
「それはもう聞きました」
「せやから、泣くんや」
「わかってますって……」
「わかってくれるか!」
パアァ、と明るい表情になる。変わり身が早いというか、こいつの行動はどこまで本気でどこまでフリなのかわからないところがある。まあ冴木は単純なバカなのでほとんど素だとは思うのだが、それでも、よくわからないと思うことも多い。
やはり引き続き調査が必要なのであろう。
「いや~やっぱ宇田くんは親友ですなぁ。俺のことをわかってくれるなんてそんな奴は貴重やで」
「何言ってるんですか。冴木くん、友達いっぱいいるでしょうに」
「友達はな~おるけども~」
たぶん、異星人が好きだということを知っている相手は少ないとかそういうことが言いたいのだろう。こいつは自分が異星人好きだということをなぜか隠したがっているから。まあなぜかなんてことはわかりきっている、その「好き」の程度が地球人の常識から言うと「異常」だからだ。
そういう操作をされたから。
どこぞの他の異星人から。
「宇田? 怒った?」
「いえ? そう見えました?」
「いやなんか」
「怒ってませんよ、全然」
「よかったぁ」
「というか冴木くんはそうやって僕の顔色うかがうのやめたらどうですか? だいぶ無駄だと思うんですけど」
「え」
冴木が固まる。その表情が、
まずい。
「冗談ですよ。そんなこと思ってませんって。でも、冴木くんが何言ったって僕はそう気にしませんよ。気にするはずがない。なんせ親友ですからね」
「……ほんまに?」
「本当です」
と言えばたぶん説得できるだろう。認識セットのデータにもそういう物語があったし。
「宇田ァ……」
「ちょ、泣かないでくださいって、食堂着きましたよ」
「ほんまや! チョコうどん!」
「走らない!」
「むー」
走り出しかけた足を止め、僕の速度に合わせる冴木。
まあ、素直なのだ。そこが御しやすいと言えば御しやすい。これからもこんな感じで協力的でいてくれたら、調査もすぐに終わってくれる、とは思うのだが。
「……」
すぐに。
わからない。そのとき起こった感情はまるでバグのようで、そんなことは起こりえない、起こりえないから保留した。
「チョコうどん楽しみやな~絶対ヤバい味する」
「ヤバい味がするってわかってるのに食べるんですか?」
「そこがええんや! 地雷は踏みに行く! それが若者!」
「まあ、若者ってそういうとこありますもんね」
近頃の若いもんは、という言葉が認識セットにも入っている。そんなものなのだろう。
「あっあそこ空いてる」
ててて、と冴木が早足になって、空いていた二席にマフラーとコートをそれぞれ置く。
大学生にとって食堂での席取りは重要だ。取れるか取れないかでその日の昼休みの安定感が違う、的なことを前に冴木が言っていた。まあたぶんそうなのだろう。認識セットにセットされてはいなかったが、今を生きる地球人大学生のサンプルとしての言葉だし比較的重要度は高い。正月の定例会議で報告したが、比較的好評だった。
そういった点で、観察は役に立っているのだろう。
こっちに戻ってくる冴木を見ながら、そんなことを考えた。
「並ぼうぜ!」
「はい」
冴木がいそいそと列に並び、トレーを取る。列が進む。サラダを取って乗せる冴木。僕は冷ややっこを自分のトレーに乗せた。
「チョコうどん一つ!」
「八宝菜をください」
「はいよ」
券を置いて待つ。冴木の方をうかがうと、目を輝かせて調理員の手元を見ている。
ゆであがったうどんにチョコソースがかけられている。たぶんこれ、おいしくはないだろう。というかこれご飯というよりはおやつの範疇に入るブツだと思う。
カウンターにチョコうどんと八宝菜が置かれる。僕は八宝菜の方をトレーに乗せるとレジに向かった。
代金を食堂専用カードで支払う。隣のレジの冴木を見るときらきらとした表情でチョコうどんに目を落としていた。
やっぱりこいつは馬鹿だと思う。
一足先に席につき、冴木のマフラーをたたんでやった。
窓際。席を取りきれなかった学生たちが外のベンチで食べている。
まあ、そういう学生もいる。2月にしては珍しく今日はそこまで寒くないし、いや寒くはあるとは思うのだが、それでも、食べるところがないという問題と寒さに耐えることを比べて食べる方を優先してしまう地球人もいるのだ。そういうとき僕なんかは普通におにぎりか何かを買って講義室で食べるが、冴木なんかはたぶん外で食べるタイプだろう。
「おまたせ~」
ふわふわした表情の冴木が来た。
「待ってませんよ」
「あっマフラー片してくれたん? えー、優しいかよ。親友じゃん……ありがとう……」
「いえ」
冴木はしばらく目をうるうるさせていたが、ややあって、さ、と言って席に座った。
「チョコうどん! 食べるぞ! いただきます!」
「いただきます」
八宝菜を口に運ぶ。何ということはない、いつもの味だ。
冴木はと見ると、チョコうどんを口に入れたまま固まっていた。
「大丈夫ですか?」
はっとして、咀嚼を再開する冴木。飲み込む。
「やっぱりやめといた方がよかったんじゃないですか?」
「いや……」
「?」
「これめっちゃうまい」
「えっ」
「うまい! 宇田も食うか?」
「いや、僕は」
「これは絶対食った方が良い、食わない奴はバレンタイン損してる」
「いいですって」
「はい」
レンゲに盛られたものが差し出される。ここまでされて断ってしまうとこいつはたぶんまた面倒なことを言い出して面倒なことになるだろうから、素直に受け取って、口に運ぶ。
「……」
咀嚼。飲み込む。
「うまいか? うまいやろ?」
「まあ……不味くは、ない」
「うまいやろ?」
「うーん、まあ」
不味くはない。スイーツとしては美味しい方だと思う。だが、昼食としてどうかと言われると、一般地球人の常識的には、たぶん、ない。
「まあ、いいんじゃないでしょうか」
レンゲを返しながら、僕。
「やっぱり? ええやんなあ。得したわ。これで600円って破格すぎやろ!」
レンゲを受け取りうんうんと頷きながら冴木は食事を再開する。
僕も八宝菜の摂取に戻る。口の中が甘くて、やはりあのうどんはスイーツ向けなのだろうと思う。見回してみても冴木以外に頼んでいる者はいない。採算取れるのかと思いながら、うずらの卵やら白菜やら冷ややっこやらを食べた。
◆
「じゃあ俺は必修あるからここでな。宇田は午後教養やったっけ」
「ええ」
「頑張ってな~」
「冴木くんの方こそ」
「……! ありがとう!」
何が嬉しいのかスキップしながら去る冴木を見送って、僕は教養棟に戻った。
その後はいつものように授業を受け、帰路につき、部屋に帰って鞄を片付けて、そうしたら鞄の中からチョコが出てきて、ああそういえばもらったのだったと思ってテーブルの上に置き、開けて、食べて、
「……」
僕は冴木に電話をかけた。
「冴木くん」
『なんや?』
「あれ、手作りだったんですか?」
『せやで!』
「……」
『頑張って作った!』
「……」
『ごめん、まずかったか?』
「まずくはなかったです。……ありがとうございます」
『やったー! ありがとう!』
「なんでお礼言うんですか」
『いや嬉しくて……』
何のつもりかとかはわからない。けど、冴木の声は少し揺れていて、それを聞いた僕は、やっぱりこいつはとんでもなく馬鹿だと思ったのだった。