冴木宇田シリーズ

 ホワイトデーが近付いている。
 それはまあいい。いやよくない。
 バレンタインに僕の観察対象である冴木から手作りチョコをもらってしまったため、お返しをする必要があるのだ。
 一応親友の証ということで、こちらもそれなりの物を返す必要がある。それがこの国の慣習であると認識セットにもある。3倍返しなどという冗談もあるそうだがそれは冗談として、何か。
 まあ、普通に街に出かけて行って高めのチョコを買って返すのが義理というものだろう。確かあいつはチョコが好きだったはず。
 だからどうというわけではないが。
 とにかく僕はそう考えて、街に出てきた。
 チョコレートというものはデパ地下で買うものである。物語にもそうある。だが大学のある地方は田舎で、電車で一時間のところにある駅から30分ほど歩いたところにしかデパートがない。
 仕方がないので僕は素直に電車に乗り、歩いた。
 車があまり行き交わない、ショッピングモールの一角にそのデパートはあった。
 早速エスカレーターに乗ってデパ地下を目指す。
 地下通路を通り、ショーウィンドー立ち並ぶデパ地下にはすぐ着いた。
 知識にはあるが、来るのは初めてである。
 振る舞い方は知っている。試食をし回って、目当てのものを買うのだ。
 試食をしていたらおまけとやらでいっぱいもらってしまって、これはというチョコレートに出会うまでにお腹いっぱいになってしまった。
 幸い、これだというチョコは見つけることができた。
 さすがデパ地下、食べ物の殿堂である。
 リボンをかけてもらい、保冷剤を入れてもらって、代金を払って僕は帰路についた。
 それが二日前。
「冴木くん」
 ホワイトデー当日、僕は冴木のアパートまでやってきてインターホンを押しているのだが、一向に出る気配がない。
 寝てるのかと思ったが、もう15時だぞ。それはないだろう。
 仕方がないので中の気配を探った。冴木はいない。が、いつも部屋の隅に置いてあるトランクがなくなっている。
 あいつ、ひょっとして帰省したのか?
 僕にチョコを渡しておきながら勝手に帰るとはなんという。きっと今日がホワイトデーだということも忘れているのだろう。あいつはそういう奴だ。
 何かよくわからない感情に駆られ、僕は上司に連絡した。
「業務都合でポータル一つ使います」
『わかった』
 行き先はあいつの実家がある、大阪。
 あいつの生体情報をキーにして、繋げる。
 ポーン、という音。ポータルが開く。公園。ブランコに乗っている冴木。
 僕は冴木に近付き、声をかけた。
「冴木くん」
「うおっ」
「僕です」
「宇田!? 久しぶりやな!」
「そう久しぶりでもないですけどね、せいぜい一週間」
「まあそんくらいやな。どしたんやこんなとこで」
「ちょっと旅行にね。冴木くんの故郷ってどんなところだろうと思いまして」
「言ってくれたらよかったのに」
「失念しておりました」
「んでも来てくれてよかった。今家誰もおらんのや」
「え?」
「なんかイギリス旅行とかで家族出かけてしまってな……帰省したら置手紙一つや」
「そうですか……大変ですね」
 大変ですねというのが筋だろう。物語の登場人物はそういう反応をする。
「なんで、毎日外食でな~……宇田! うちでわくわく自炊ライフ送る気ないか!? 費用は俺が持つ!」
「急ですね」
「ごめん……」
 だが、観察対象と少しでも長くいられるならば好都合である。
「……いいですよ」
「え!?」
「送りましょう、わくわく自炊ライフとやら。で、あとこれホワイトデーです」
「ありが……そっか今日ホワイトデー!? ってこれ!? くれるん!?」
「ええ、お返しです」
「3倍返し!?」
「違います。普通返しです」
「えーこれえー、嬉しい、これロレッタのチョコやん嬉しい、滅多に食べられへんねんでこんなん」
「そうなんですか? 美味しかったから選んだんですけど」
「知らんの!? ロレッタのチョコめっちゃおいしいの! 北海道名物!」
「へえ……」
 北海道名物が北海道でもないデパ地下に売っていたのか。それについてとやかく言うつもりはないが、冴木なら「お得やん!」とか言う気がした。
「お得やん!」
 予想通り。
「ありがとな~~~家帰ったら一緒に食べよ! あ、自炊ライフするから買い物して帰ろ」
「わかりました」
 そんなわけで、今年の春休みは冴木と「わくわく自炊ライフ」をやることになった。
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