短編小説(2庫目)

 ネクロマンサーは死体を埋めた。
 桜の下ではなく、庭の松の木の下に。



 「俺」が死んだのはずっと昔のことで、「俺」が死んでから俺は一人になったけど、生来覚えていたネクロマンシーで俺は「俺」を生かした。
 けれどもネクロマンシーは不完全で、「俺」を動かしているのはもはやかつての「俺」ではなく、俺自身となっていた。

 「俺」の残った最後の意識は、俺のことが心配だというそのただ一つの気持ちだったんだろう。
 だから「俺」は死んだ後もだめにならずに俺の傍にいてくれたのだと。
 気付いたのはだいぶ後になってからだった。

 社会から退いて、触れるときは全て「俺」を使った。俺は生きるのに相応しくなくて、本当は「俺」が生きるべきだったんだ。それを「俺」に仮託して、俺は「俺」が生きたことにして、俺が死んだことにした。
 俺が操る「俺」は俺のことを嫌った。嫌って、無いものにしようとした。
 それはそうで、俺はたった一人生き残ってしまった自分のことが世界で一番嫌いだったからだ。
 「俺」は光で、俺は闇だった。
 闇は抹消されるべきもので、光は推奨されるべきもので、闇が消えて光が生きるべきだった。
 けれども光はもう死んでいて、ネクロマンシーで動かしてはいたが、それは遺体だったのだ。

 ということに気付いたのは昨日の晩。俺が「俺」を脱いだときだった。
 闇が死んだと思っていた俺は、闇が再び生き返ったことに腹が立って、頭を壁にぶつけたくなった。
 しかしそれは俺であって、「俺」ではなかった。
 全ての行動を決定していたのは俺であり、「俺」ではなかった。「俺」は死んでいた、一番先に死んでいたのは「俺」、つまり光なのではないかと。
 気付いてしまった。

 けれども本当の「俺」の方はもうずっと前からそれを知っていたらしい。
 知らなかったのは俺だけ。

 「俺」は俺が嫌いなのだと思っていた。けれども先に死んだのは光の方で、本当に生きなければいけないのは闇である俺の方だったのだと、回り続ける思考は悟ってしまった。
 わかってしまった。だから俺は、死んでしまった「俺」を埋めることにした。

 夜。
 庭。
 大きな幻の松の木の下。
 俺は穴を掘った、そうして「俺」を入れて。
 感謝している。のだと思う。ここまで俺を生かしてくれたのは「俺」だった。「俺」がいなければ俺はとっくに死んでいただろう。
 「俺」。

「さよなら、光の俺」
『ありがとう、闇の俺』

 ネクロマンシーはこれで最後。

 そうして「俺」は見えなくなった。



 ネクロマンサーは死体を埋めた。
 庭の幻影の松の木の下。

 ネクロマンサーは一人になった。
 心の中に生きている、なんて馬鹿らしいから勝手にどこにでも行って成仏してしまえばいい、と思いながら、一人。

 それから彼がどう生きたかは、また別の話。
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