短編小説(2庫目)

「あー駄目だうまくいかねえ!」
 何がうまくいかないかって?
 決まってるだろ! 実験がだよ!
 物質Aを付加すればうまく結晶化すると思ったのに全然駄目だ。もう付加するって発想とか捨てて、何か新しいアプローチを考えた方がいいのかねえ?
 いや駄目だ。新しいアプローチなんか考えたらこれまで俺が積み上げてきた研究はどうなるっていや新しいアプローチ……わからん! わからん!
『ぴるぴるるんるんぴるるんるん』
「何だよこんな深夜に!」
『この街を脅かす敵が出たぴょん! 出動するぴょん! って魔法男子ツヨサ、その服は何だぴょん!?』
「魔法男子って呼ぶな、俺はもうオッサンだし魔法なんて存在しないんだよ。で俺はこんな服じゃ実験進められないから上に着込んだんだよ! 危ないだろ!」
『はあだぴょん……チリャクが見たら何て言うか……とにかく脱ぐぴょん! そんな服じゃ戦えないぴょん!』
「か弱い男子に対して脱ぐとかお前マジでマスコットか? チリャクがどう言うかなんてどうでもいいんだよ! あいつ俺の何見ても文句言うし! 俺あいつ嫌い! 何でユニットとか組まされてんだ、さっさと解消してえ~」
『いいから脱ぐぴょん! ぴるぴるるん!』
 ぽんという音を立てて俺の服が弾け飛ぶ。
「おいウサ! 何てことしてくれるんだ! 後で弁償しろよ!」
『やだぴょん。勝手に服を改造したツヨサが悪いんだぴょん。チリャクに文句言われるといいんだぴょん~』
「あっ待て消えるな! しかしこれどういう仕組みなんだ……? 未知のエネルギー……これを研究対象にした方が俺ひょっとして上目指せるのでは……」
『PiPiPiPi!』
「うわ何だ、またウサか!?」
『おいツヨサ! 敵出てるのにお前何やってんだ早く来い!』
「げっチリャク! はいはい行きますよっと行きますよ」
『適当な返事をするんじゃない、秒で来いクズ』
「なっ……クズはお前の方だろ! このモヤシマン!」
『モヤシマンじゃない、チリャクだ』
「知らね~よ! っていうか俺のスマホに電話かけてくんじゃねえ、鬱陶しい」
『お前が遅いから悪いんだろ、秒で来い』
「わかりましたわかりました~行きます~」
 俺はぶちっと電話を切り、箒を出す。
「でてこいでてこい箒くん~ぴるぴるるん」
 ぽん、という音を立てて箒が出る。
 このクソダサい詠唱なんとかならないのかね? 恥ずかしいってレベルじゃねえぞ。だいたい詠唱って仕組みがよくわからないんだ。セットされた言葉を唱えることで何かがスイッチになって箒が出てくるとかそんな感じ?
『PiPiPi!』
「うわっあいつ電話かけて来すぎだろ……着拒しとこ」
 俺は箒に跨り、研究室の窓から空に向かった。



「おいツヨサ! 遅いぞ!」
「うるせえチリャク、サボらず来たんだからいいだろ」
「俺は頭脳タイプなんだから前線維持は向いてないの! お前が来ないと話にならないの!」
「お前それって『俺にはお前が必要です』みたいな……」
「そんなわけないだろゴミが頭湧いてんのか」
「は~? 冗談に決まってるだろモヤシが、ゲームのしすぎで脳みそまでゲームになっちまったのか?」
「あ? お前ゲーム馬鹿にするとか」
 ガキン、という音がして俺とチリャクの間に巨大な鎌がめり込む。
「何だよ……クソ、今日の敵は何だよチリャク」
「でかい鎌を腕に付けてるイタチだ、まつろわぬ神らしいがそんなことは知らん。倒すだけだ」
「前線で戦うのは俺なんですけど~? チリャクくんはいつも後衛で指示飛ばしてるだけだから楽ですこと~」
「ぶっ飛ばすぞ」
「お? やるか?」
『二人とも~! ちゃんと戦ってぴょん~!』
「「ウサは黙ってろ」」
『ぴょん~……』
 振り下ろされた鎌をステッキで弾いて、俺はイタチと対峙する。
「嫌になるぜ! とりあえず下がれチリャク、いつも通り分析を頼む」
「対価は?」
「そんなもんはない」
「クソだるいな……だが仕方ない、彼女のためだ……俺はやる」
「そうそう、存在もしない彼女のために頑張ってくださいよチリャクくん」
「お前……終わったら見てろよ」
「戦うのは俺~! 終わるの楽しみですね~! っと」
 空中に踏み込んで、イタチの頭にステッキを入れる。
 ガキン、と硬いものに当たった感触がして弾かれるステッキ。
「チリャク、こいつ結構硬いぞ!」
「黙って戦え、金属っぽいな」
「金属ぅ~?」
 俺は先ほどまで研究室で触っていた結晶を思い出す。
 こいつに金属を出す力があるならこのクソイタチをコントロールして研究に使えるんじゃないか? そしたら俺の研究者人生も順風満帆、あちこちの雑誌から引っ張りだこになってテレビのインタビュー……科研費……
「お前! 何か馬鹿なこと考えてるだろ! 黙って戦えツヨサ!」
「はいはい、お前も分析早くしろよクソチリャク」
「クソは余計だ筋肉馬鹿!」
「何を~?」
『ふ~た~り~と~も~!』
「「ウサは」」
『戦ってぴょん~!』
「戦ってるって!」
 俺もじっと会話してるわけじゃなく、こっちに向かって飛んでくる無数の鎌をステッキで撃ち落としながら会話してるんだ。偉いだろ。この偉さを鑑みて各誌も査読の手を緩めてくれたらどんなに……
「……」
 クソッチリャクの野郎目で訴えかけやがって腹立つな。わかってるよ。
 鎌を撃ち落としつつ、目を狙ってみたり耳を狙ってみたりしたがどこも硬い。
 なんだこいつ。全身金属なのか? やっぱり研究室に連れ帰って金属生産させてえな。
 イタチが吠える。
 イタチなのに吠えるんだ?
 敵は両手の鎌を振り上げ、溜めの構え。
「ツヨサ! 気を付けろ」
「見りゃわかる! 援護はないのか援護は!」
「お前に強化魔法かけてやってるだろう! 他に何か必要か?」
「弱点とか! まだなのか!?」
「解析には時間がかかる……お前研究者なのにそんなこともわからないのか」
「は~? わかりますけど~?」
「だったら黙って戦ってろ! たぶん飛ばしてくるのは風の刃だ……お前の目に強化魔法、ステッキに風魔法を載せるから、それで全弾撃ち落とせ」
「うわ無茶な注文……」
「グッドラック」
「グッドラックじゃねえ~よ!」
 咆哮。何かが飛んでくる気配。
 俺は跳躍し、ステッキから風魔法を打ち出し、風の刃をかき消して行く。
 イタチは苛立たしげにぐるると唸る。
「ツヨサ!」
「何だよ!」
「手の鎌を狙え!」
「弱点わかったのか!?」
「とにかく狙え!」
「はいはい!」
 俺は前に踏み込み、加速。
 風魔法を纏わせたステッキでイタチの手の鎌を殴る。
 がきんという音、弾かれるステッキ。
「弾かれても叩け、刃こぼれさせろ!」
「ああ!」
 がきんがきんと鎌を殴る。
 破片が飛び散る。
「ぴるぴるぴるるん、さびさびさびちゃえ!」
 チリャクの声がすると同時に後方から何か赤い靄が飛んできて、イタチの鎌にまとわりつく。
 赤い靄はあっと言う間に鎌からイタチの全身に広がってゆく。
「あ、錆か……」
「その通りだツヨサ、お前もわかってるじゃないか」
「そりゃお前、俺はこれでも研究者!」
 イタチが吠える。だがその声は弱弱しく、全身に靄が回ってぐらりと傾き、
 倒れるイタチ。
「フ……終わったな」
「ああ」
 にやりと笑うチリャク。
 両手を腰に当てる俺。
『メーター確認のお時間だぴょん~!』
「来たなメーター確認! これで俺も有名誌に……」
「いや俺の彼女の方が先だ、今回は俺の方が活躍したからユニット解消だなツヨサ」
「何だと、戦ったのは俺だろ! 俺の論文がナイチャーに載る方が先だ!」
『喧嘩しないぴょん……メーター召喚!』
 ウサが両手を掲げ、空中にきらめくメーターが表示される。
 赤のメーターと青のメーター。
 これが満杯になると願いが叶うのだ。
 だからこんな戦いをやってる。そうじゃなきゃ誰がやるかこんなヤバイ格好。
「えーと」
「フ、俺の方が上だな」
「は? 俺の方が上だし」
『どっちも一緒だぴょん……』
「なんだとウサ、絶対に俺の方が上だろう」
「いーや俺の方が上だね! ウサ、俺の勝ちだろ!?」
『ぴょ、ぴょん…………』
「「どっちなんだ、ウサ!?」」
『よ、夜明けだぴょん! 魔法男子の今日のおしごとはこれで終わり! 二人とも、お疲れさまぴょん~! 帰って寝るぴょん! それじゃ!』
 メーターとウサがかき消える。
「あっ、逃げやがった!」
「まあまあ、今回は引き分けで手を打とうじゃないか」
「……ふん。まあ、それでもいいけど」
「前衛がいなければ後衛は戦えないからな」
「えっそれって……」
 朝日が昇る。変身が解ける。
 俺は白衣。
 チリャクは……
「何だその服!? スウェットってお前仕事ナメてんのか!?」
「お前こそ、白衣ってお前夜に何してたんだ!」
「研究に決まってんだろ! お前こそスウェットって何だお前! クソダサじゃん! それひょっとして高校のときのやつとか!? 3-B!?」
「いいだろう、プロゲーマーは服装になど縛られない!」
「髪の毛伸びすぎだろ、切れよ!」
「お前こそ髪の毛ぼさぼさだろう! 研究ばかりで自分のことを疎かにしていてはいい研究ができないぞ!」
「何をー!? お前だってプロゲーマーでも人前に出る機会とかあるだろ! タケヤマとか見ろよ、お洒落じゃん!」
「タケヤマはプロゲーマーの中のプロゲーマーなんだよ! 野球で言うならヒャクロー! タケヤマはプロ意識の塊なの!」
「お前もタケヤマ見習ったら?」
「お前こそ研究者にも身だしなみは必要だろう! ノーベル賞授賞式を見ろ!」
「授賞式はお前、服とか髪とかセットしてくれる人がいるんだよたぶん! それにあれは特別な式だろ、研究室にいるときの研究者はそんなお前……ちゃんとしてないの! 研究者にとって研究室は自分の部屋なの!」
「公私混同するんじゃない!」
「お前に言われたくないんですけどー!? 公も私もないプロゲーマー様ー!?」
「お前プロゲーマー馬鹿にしてるのかお前!」
「お前こそ研究者ナメてんのかよ!」
「ナメてますけど?」
「はー? もう知らねえ! 俺は帰る!」
「俺も帰りますー。しばらくお前の顔見なくて済むと思うと気分がいいよ」
「俺だって!」
「じゃあな!」
「あばよ!」
 俺たちは同時にくるりと後ろを向く。
 朝日が照っている。
 鳥の声がする、なんだか眠くなってきた。
 帰ったら研究室のソファで仮眠しよ。その後備蓄してあるカップ麺食お。
 今日こそ研究うまくいくといいな……頑張れ俺! あとチリャクがタンスの角に小指ぶつけますように!
 俺は右腕を力強く空に突き上げた。


(魔法男子ツヨサ・チリャク ~おわり~)
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