短編小説(2庫目)

「あ、猫」
「どこだ?」
「俺の……」



 夢を見たような気がする。
 友人と二人で話す夢。
 俺に友人なんていたっけか?
 ……昔から友達のできない人間だった。そんな俺に友人などいるはずがない。
 それに、猫?
 何の話だったんだろう。
 そういえば、俺の家には猫がいた気がする。
 布団の中に潜ってくる猫。
 あ、でもそれは夢だったんだっけ?
 思い出せない。
 近頃記憶がぼんやりしていて、夢と現実の境が曖昧になる。長く眠っているせいかもしれないが、世界がこうなってしまうともう寝るぐらいしかできることがなかったりするんだ。わかるか? わからなくてもいい。わからないのが普通だからな。

 そもそも世界がこうなる以前から俺は羊に支配されていた。羊は俺を眠らせ、俺は眠って、眠って、眠って、気付くと世界はこうなっていた。
 外に出ることはできない。空が落ちてくるから。なのにどうして俺は今生きているのだろう?
 こうなってから何か食べたか? 何か……いや。眠る、しかしていない気がする。
 ひょっとすると家にいるのは猫じゃなくて羊で、俺が生きるのと引き換えに夢を回収しているのかも。
 いや、そうなると羊ではなく獏になるのか?
 よくわからない。が、どうでもいいか。

 時計を見ると、16時。
 夕方だな。間違いない。
 締めきったカーテンの隙間から赤い陽が差し込んできている。
 カーテンを閉めていることには理由がある、開けると空が浸食してくるから。
 恐ろしい世の中になったものだ。そもそも俺以外の人間は生きているのだろうか。
 わからないが。
 とにかく、水でも飲むか?
 特に喉は乾いていない。
 ライフラインは動いているのか?
 俺は台所まで歩いて、蛇口を捻った。
 水は出ない。代わりにするりとオレンジ色の何かが出てこようとしたので俺は蛇口を閉じた。
 危なかった。
 あれは空だ。
 気を抜くと空が浸食してくる。全ての人類は空に攻められ消えてしまった。
 猫だか羊だかわからないものがいる俺の家だけが無事、なのかどうかは知らない。外の情報を確認できない以上、どこが無事でどこが無事じゃないのかなんてことだってわからないからだ。
 
 俺はため息を吐く。
 今日も明日も眠るしかできない。
 猫だか羊だかもいるのかいないのかわからないし、寝ないと見えないものなんて起きてるときはいないのと同じだ。夢も現実も曖昧でまるでそこに何かがいるかのように感じられる、けれども。
 夢は夢だし。
 俺は何の希望もなく寝てるだけだし。
 本当にこれでいいのかってこれ以外のことができないのだからどうしようもない。
 ため息、ため息、ため息の毎日。
 羊が言う。
「そろそろ寝る時間だ、■■」
 それは俺の名前だったのかもしれないし、友人の名前だったのかもしれない。
 俺に友人がいないならそれは友人の名前なのだろう。

 自室に戻り、ベッドに入る。
 猫が寄り添って、意識が落ちてゆく。
 夢が現実で現実が夢なら、何がどうでも別にいいと思わないか?
 ああ、思わないか。
 俺も思わない。
 眠っているだけ。眠っているだけで、過ぎる。
 ■が。

 空はなお、赤い。
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