短編小説(2庫目)

 大きな目が見える。
 目を閉じても見える。
 どこまでも追いかけてくる。
 目は消えない。

 それがいつから始まったのかはわからない。気付くと大きな目が視界にあった。
 誰の目かもわからない。ただただ大きく開いた目がこちらをじっと見ている。
 視界を塞ぐ。塞いだ方がひどくなる。目はどんどん増殖して俺を見る、見る、見る。

 たくさんの目が飛び交っている。たくさんの目が、笑ったり、怒ったり、細まったり、大きくなったり、そんな目がこちらを見ている。
 目が走って行く。目が落ちて行く。目が近付いてきて離れて行く。
 そんな目が。

 逃げようと思うことが間違いなのだ。
 昨日はたくさんのことがあった。あの言葉は間違いだったとかあの言葉は言わなかった方がよかったとかそんなことばかり考える。そんなことばかり。
 そうすると目が増える。
 言葉が原因なのか、単に俺の体調の問題なのかはわからない。法則性を見出すことは諦めている。諦めているのに探してしまう。
 目は嫌だ。目は俺を見ている。本当は見ないでほしい、放っておいてほしい、けれども見ていてほしい。だから目は俺を見ている。

 おかしくなっていることはわかっている。だが狂っている自覚のある者は狂人ではない。ゆえに俺は狂人ではない。俺は狂ってなどいない。俺は普通で、一般人で、ありふれた、こんな目がたくさん見えることだってごくありふれた、みんなの目に目は見えていて、目はあって、だから俺は普通なのだ。
 そうに違いない。

 だがそう思ってもなお目は追いかけてくる。
 消えない。
 俺は目が好きなのか?
 それとも嫌いなのか?
 たくさんの目。
 その中には好きな目もあるし嫌いな目もある。
 俺は目が好きで嫌いで、目があると落ち着かなくて、目があると落ち着く。
 どうかしている。けれども狂ってはいない。
 そんなもんだろう、人間なんてものは。
 みんなどこか狂っているんだ。

 けれども心のどこかで「そんなはずはない」と思っているからこそ俺には目が見えていて。
 俺は一人だけ狂っていて、一人だけおかしくなっていて、一人だけ、一人だけ、一人だけ。

 目の中で生きている。
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