勇者と魔法使いの相互無理解ライフ
■月■日。
アタシは勇者ちゃんと二人で浜辺に来ていた。
別にデートじゃないわよ。毎日討伐に付き合うって言ったでしょ、あれの一環。
勇者ちゃんのカンはそれはもう鈍りに鈍ってて、アンタこんなに鈍るものなの? って驚くほど鈍ってた。
「む……最近なんだか忘れっぽくてな」
「その歳で忘れっぽいって大丈夫なの? アナタ、アタシより若いでしょうに」
「年齢数えるのやめたからわからん」
「そういう問題じゃなくて」
「心配かけてるようで」
「心配なんてしてないわよ、相棒として弱くなられたら困るから言ってるの」
「む、そうか」
そこからとりあえず一週間毎日討伐をして、まあそこそこカンが戻ったかしらって思ったから、ココピロー討伐に連れ出してみた。
「ココピローか……」
「ご不満?」
「いや……」
「あ、もしかして怖いの?」
「怖いわけないだろ。ただちょっと……」
一週間前にココピローにやられかけたものね、そりゃ怖いわよね。苦手意識もあるだろうし。
さすがに一週間じゃちょっと早かったかしら。
アタシは思案する。
「今回は見学でもいいわよ、補助魔法で援護してくれてもいいけど」
「あ、ありがとう……俺としてはそうしたいところだ」
「……やっぱり怖いんじゃない」
「断じて怖くはない。断じて」
「うふふ、かーわいい」
「かわいくない!」
「ふふふ……」
アタシは髪を整えると、手を身体の前にかざした。
どうして髪を整えたかって、その方が気合いが入るからよ。戦いに挑むときは身だしなみを整える……それがアタシの、決まりみたいなもの。
この前はそんな暇もなかったけど、あの時は非常事態だったから。
そんなことはともかく、前方に魔力を集中させ、水魔法で海水から使い魔を作り出す。
今回のターゲットであるココピローは海水が好きなので、使い魔で陽動して炎魔法で焼く作戦。
前回勇者ちゃんが取った、ひとまとめにするってアイディア自体は悪くなかったのよね。ココピロー討伐のセオリーって感じ。
魔力も節約できるし。
そんなことを考えてる間に使い魔が生成された。
「行ってきなさい」
鳥型の使い魔は高く鳴き、飛び立つ。
鳴きながら低く飛ぶその姿に海岸のココピローたちが反応し、触手を持ち上げのそのそと動き始めた。
いい感じね。
使い魔はそのまま海岸をぐるりと飛び、一周したと思ったあたりでアタシは炎魔法を放った。
集まったココピローが炎の舌に呑まれる。
「……」
よく燃えること。
アタシは炎が収まるのをしばらく待った。
感知によると、撃ち漏らしはない。
けど……
「勇者ちゃん、使い魔に補助魔法かけた?」
「かけたけど、何か」
「光の盾よね、あれ」
「そうだが」
「アタシは使い魔ごと燃やそうと思ったんだけど」
「……」
「どういう意図?」
「どういうって……いや……」
勇者ちゃんは言葉を濁す。
「完全に無駄な行動じゃない?」
炎から逃れた使い魔はいつの間にか戻ってきて勇者ちゃんの肩にとまっている。
「……そう、だから」
「なに」
「かわいそうだから……」
何それ。
「使い魔にかわいそうも何もないでしょ。使い魔は使われるために生み出されるもので、終わったら消されるんだから」
「それも……そうだが」
「余計な情を持ってると戦いの邪魔になるわよ。っていうか、アナタそんな甘かったっけ?」
「いや……」
勇者ちゃんは俯く。
「終わったら消されるもの、……」
「……感情移入してるの?」
「まあ……勇者もそうだからな」
「魔王討伐が終わっても消されやしないわよ。勇者って言っても人間なんだから」
「そうだといいんだがな」
「思わせぶりな態度取るのやめた方がいいわよ。実は魔王でしたとか言われても困るし」
「……」
なんでそこで黙るのよ!
「何、実は魔王なの?」
「違う、……今は」
今はってことは昔は魔王だったってこと? いや、勇者ちゃんに限ってそんな大それたことはありえないわね。
「秘密の多い男は好きだけど、多すぎると嫌われるわよ。勇者ちゃん……秘密ある?」
「秘密? ……隠すほどのことでもないが、実は」
「待って、ストップ」
「なんだよ」
「何か隠してるのね?」
「隠してはいない」
「言い方を変えるわ。アタシに言ってない何か大事なことがあるのね?」
「あるかないかで言えば、ある」
「……アタシとアナタはイーブン……アナタが何かを開示するならアタシも何かを開示しなきゃいけないわ」
「それがどうした」
「アタシに開示するものはない。聞くだけ、なんて不平等だし……アナタが隠したいのならアタシは聞かないし、隠したくないのだとしても、できたら聞きたくない」
「……勝手だな」
「勝手よ。相棒と言っても所詮は他人だし、当然でしょ」
「それで、俺はどうしたらいいんだ」
「そうねえ……」
アタシは考える。この場合のどうしたら、というのは、たぶん葛藤が生じてるってことなんでしょうね。その葛藤っていうのは……勇者ちゃんはおそらくアタシにそれを言いたいんでしょう。
だけどアタシは聞くわけにはいかない……聞いたら、アタシも言わないといけなくなる。
お互いのことに踏み込まない……アタシたちはずっとそうやってやってきた。今さらその関係を変えるのは、アタシは……正直言って、嫌だ。
けれど……ずっとそうしていけるものなのかしら?
「……」
「魔法使い?」
もしかすると、どうしたらいいかわからないのはアタシの方だったのかもしれない。
「……、」
「わかったよ。……言わない」
勇者ちゃんは使い魔の頭を撫でながら言う。
「お前が聞きたくないなら、俺は言わない。お前の準備ができるまで黙ってるから。待つ、待てるから、俺は」
「……」
「普段通りで良い……お前が望むなら無理はしなくていいから。俺はお前が嫌いだけど、お前の自由を侵害するのはもっと嫌いだからな」
勇者ちゃんは腕を高く上げる。
使い魔が空に飛び立つ。
海に向かってつい、と飛んで。
そして、還った。
「……」
「何だよ」
「アンタってそういうとこよね」
「ど、どういうとこだよ!」
「言ーわない」
「秘密が多すぎる男は嫌われるって言ったのお前だろ!」
「アタシは男だけどそれ以前に花だからいいの」
「花って何だよ」
「花は花よ」
「はあ……」
勇者ちゃんはいつものようにしかめっ面をしながら海を見ていた。
それが一番。
いつまでもいつも通り、なんてまやかしだけど……今はそれがどこか、心地よかった。
なんて。
アタシは勇者ちゃんと二人で浜辺に来ていた。
別にデートじゃないわよ。毎日討伐に付き合うって言ったでしょ、あれの一環。
勇者ちゃんのカンはそれはもう鈍りに鈍ってて、アンタこんなに鈍るものなの? って驚くほど鈍ってた。
「む……最近なんだか忘れっぽくてな」
「その歳で忘れっぽいって大丈夫なの? アナタ、アタシより若いでしょうに」
「年齢数えるのやめたからわからん」
「そういう問題じゃなくて」
「心配かけてるようで」
「心配なんてしてないわよ、相棒として弱くなられたら困るから言ってるの」
「む、そうか」
そこからとりあえず一週間毎日討伐をして、まあそこそこカンが戻ったかしらって思ったから、ココピロー討伐に連れ出してみた。
「ココピローか……」
「ご不満?」
「いや……」
「あ、もしかして怖いの?」
「怖いわけないだろ。ただちょっと……」
一週間前にココピローにやられかけたものね、そりゃ怖いわよね。苦手意識もあるだろうし。
さすがに一週間じゃちょっと早かったかしら。
アタシは思案する。
「今回は見学でもいいわよ、補助魔法で援護してくれてもいいけど」
「あ、ありがとう……俺としてはそうしたいところだ」
「……やっぱり怖いんじゃない」
「断じて怖くはない。断じて」
「うふふ、かーわいい」
「かわいくない!」
「ふふふ……」
アタシは髪を整えると、手を身体の前にかざした。
どうして髪を整えたかって、その方が気合いが入るからよ。戦いに挑むときは身だしなみを整える……それがアタシの、決まりみたいなもの。
この前はそんな暇もなかったけど、あの時は非常事態だったから。
そんなことはともかく、前方に魔力を集中させ、水魔法で海水から使い魔を作り出す。
今回のターゲットであるココピローは海水が好きなので、使い魔で陽動して炎魔法で焼く作戦。
前回勇者ちゃんが取った、ひとまとめにするってアイディア自体は悪くなかったのよね。ココピロー討伐のセオリーって感じ。
魔力も節約できるし。
そんなことを考えてる間に使い魔が生成された。
「行ってきなさい」
鳥型の使い魔は高く鳴き、飛び立つ。
鳴きながら低く飛ぶその姿に海岸のココピローたちが反応し、触手を持ち上げのそのそと動き始めた。
いい感じね。
使い魔はそのまま海岸をぐるりと飛び、一周したと思ったあたりでアタシは炎魔法を放った。
集まったココピローが炎の舌に呑まれる。
「……」
よく燃えること。
アタシは炎が収まるのをしばらく待った。
感知によると、撃ち漏らしはない。
けど……
「勇者ちゃん、使い魔に補助魔法かけた?」
「かけたけど、何か」
「光の盾よね、あれ」
「そうだが」
「アタシは使い魔ごと燃やそうと思ったんだけど」
「……」
「どういう意図?」
「どういうって……いや……」
勇者ちゃんは言葉を濁す。
「完全に無駄な行動じゃない?」
炎から逃れた使い魔はいつの間にか戻ってきて勇者ちゃんの肩にとまっている。
「……そう、だから」
「なに」
「かわいそうだから……」
何それ。
「使い魔にかわいそうも何もないでしょ。使い魔は使われるために生み出されるもので、終わったら消されるんだから」
「それも……そうだが」
「余計な情を持ってると戦いの邪魔になるわよ。っていうか、アナタそんな甘かったっけ?」
「いや……」
勇者ちゃんは俯く。
「終わったら消されるもの、……」
「……感情移入してるの?」
「まあ……勇者もそうだからな」
「魔王討伐が終わっても消されやしないわよ。勇者って言っても人間なんだから」
「そうだといいんだがな」
「思わせぶりな態度取るのやめた方がいいわよ。実は魔王でしたとか言われても困るし」
「……」
なんでそこで黙るのよ!
「何、実は魔王なの?」
「違う、……今は」
今はってことは昔は魔王だったってこと? いや、勇者ちゃんに限ってそんな大それたことはありえないわね。
「秘密の多い男は好きだけど、多すぎると嫌われるわよ。勇者ちゃん……秘密ある?」
「秘密? ……隠すほどのことでもないが、実は」
「待って、ストップ」
「なんだよ」
「何か隠してるのね?」
「隠してはいない」
「言い方を変えるわ。アタシに言ってない何か大事なことがあるのね?」
「あるかないかで言えば、ある」
「……アタシとアナタはイーブン……アナタが何かを開示するならアタシも何かを開示しなきゃいけないわ」
「それがどうした」
「アタシに開示するものはない。聞くだけ、なんて不平等だし……アナタが隠したいのならアタシは聞かないし、隠したくないのだとしても、できたら聞きたくない」
「……勝手だな」
「勝手よ。相棒と言っても所詮は他人だし、当然でしょ」
「それで、俺はどうしたらいいんだ」
「そうねえ……」
アタシは考える。この場合のどうしたら、というのは、たぶん葛藤が生じてるってことなんでしょうね。その葛藤っていうのは……勇者ちゃんはおそらくアタシにそれを言いたいんでしょう。
だけどアタシは聞くわけにはいかない……聞いたら、アタシも言わないといけなくなる。
お互いのことに踏み込まない……アタシたちはずっとそうやってやってきた。今さらその関係を変えるのは、アタシは……正直言って、嫌だ。
けれど……ずっとそうしていけるものなのかしら?
「……」
「魔法使い?」
もしかすると、どうしたらいいかわからないのはアタシの方だったのかもしれない。
「……、」
「わかったよ。……言わない」
勇者ちゃんは使い魔の頭を撫でながら言う。
「お前が聞きたくないなら、俺は言わない。お前の準備ができるまで黙ってるから。待つ、待てるから、俺は」
「……」
「普段通りで良い……お前が望むなら無理はしなくていいから。俺はお前が嫌いだけど、お前の自由を侵害するのはもっと嫌いだからな」
勇者ちゃんは腕を高く上げる。
使い魔が空に飛び立つ。
海に向かってつい、と飛んで。
そして、還った。
「……」
「何だよ」
「アンタってそういうとこよね」
「ど、どういうとこだよ!」
「言ーわない」
「秘密が多すぎる男は嫌われるって言ったのお前だろ!」
「アタシは男だけどそれ以前に花だからいいの」
「花って何だよ」
「花は花よ」
「はあ……」
勇者ちゃんはいつものようにしかめっ面をしながら海を見ていた。
それが一番。
いつまでもいつも通り、なんてまやかしだけど……今はそれがどこか、心地よかった。
なんて。
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