短編小説(2庫目)

 精神統一せねば。
 精神統一を。
 精神統一して何が起こるかというとそれは心頭滅却と同じ、涼しくなる。
 嘘言った。
 精神統一するとどちらかというと暑くなる。頭が働くからだろうか。知らないが。
 だから暑いなら精神統一などせずにぼんやりぼうっとしておくべきなのだ。

 だが精神統一すると集中するので何もかもが消失する。
 この世界から己がいなくなったような感覚。
 己の頭の中にのみ己が存在する、いや、己の存在がなくなる……精神統一という事象の中に己が埋没してしまうのだ。
 何をわけのわからないことをとおっしゃる諸兄もいるかもしれない。
 だが精神統一とはそのようなことなのだ。

 なんて、別にそんなことはどうでもいいんだ。
 問題は毎日毎日うだるように暑かったのがなんだか涼しくなってきたということ。
 問題だ。
 大丈夫なのか、夏は。
 夏はもう終わるのか?
 散歩に出てみても秋の虫が鳴いている。
 大丈夫なのか?
 夏は。

 夏の様子を伺うためにコンビニに行って棒アイスを買ってきた。
 食卓で食べていると、寒い。
 当然だ。暑くもないのにアイスなんて食べたら寒くなるに決まってる。
 なんだか胃も痛くなってきたし、アイスなんて買わなけりゃよかった。
 俺は馬鹿だ。

 俺は馬鹿、そう、これまでの人生ずっと俺は馬鹿だった。
 けれども諸兄はそんなことどうでもいいと思うので、別の話をしよう。
 いや待てよ。諸兄はそもそも何が「どうでもよく」て何が「どうでもよくない」のか?
 それを考えるには諸兄の性質を考える必要があり、諸兄の所属集団を考える必要があり、属性を考える必要があり。
 諸兄とは?
 仲間とは?
 諸君とは?
 何だと思うか。

 諸兄は足ではない。それは確かだ。
 そのことは今もテレビ横に生えている足が証明してくれている。
 もし諸兄が足なのであればこんなものを読むはずがないからだ。従って諸兄は足ではない。
 よかったね。
 よかったのか?
 それはいささか上から目線の物言いではないのか?
 と神が言う。
 神はもう死んだはずなので、言っているのは誰かっていうとまあ俺なのだろう。
 違う、そんなどうでもいい話をするためにこれを書いているんじゃない。
 じゃあ何の話をするために?
 夏の調子が悪いということを言おうと思ったんだ。
 だがもう八月も中盤に差し掛かろうとしているのだから、夏の調子が悪くてもおかしくはないのではないか?
 もうすぐ秋が来る。コオロギが鳴き始めてもおかしくはない。
 食べきったアイスの棒を口にくわえて吸っていたことに気付いてゴミ箱に捨てる。
 アイスの棒はアイスを食べきってしばらくは結構おいしい。
 いやしいが。
 それを言うと一部の諸兄をディスってしまうことになるので前言撤回。いやしくない。アイスの棒はおいしい。そうだろう、そうだろう。

 まあ待て、また話が逸れているじゃないか。俺が何を言いたいかというと、夏の調子が悪いということで……って、ループしてる?
 そりゃそうだろ、この世界はループしてるんだから。
 ■■があって、■■に堕ちて、■■が来て、■■が起こって、それを解決したらまた回る。
 喉元過ぎれば熱さを忘れる。それが怖いから夏の調子が悪いのを心配してるのかもしれない。
 熱さが過ぎ去ってもいないうちから暑さの心配なんかをしたって無駄だとは思うし、今ある熱さの心配をするべきだとは思うが俺は自分が何を気にしているのかがよくわからない。だから夏の心配なんて無駄なことをして過ごしているんだろう。表層にあるどうでもいい事柄をさも重大ですとでもいう風に心配してみせる。そういうムーヴなんだ。表明。本当に重大なことには気付けない。し、気付こうとしてもわからない。
 胃が痛いとか。
 今日が涼しいとか。
 どうでもいいことを想って過ごしているのだ。

 そんな風にして終わっていくのだろうか。
 いやまあそんな風に表層しか見ずに過ごしていたならばいつか必ず問題にぶち当たる日が来るし、それでなくとも毎日俺は老いているのだから、身体が動かなくなって終わり。

 だがまあ今日は勘弁してやる。夏の調子を心配してやるんだ、俺を毎日かっかと照らす太陽の調子が悪いのを心配して手紙でも書いて、しまいこんで、終わり。

 そんな話。
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