短編小説(2庫目)

 足がたくさん並んでいる。

 覚めたと思った夢だった。
 たくさんの裸足の足がそこに並んでいて、足、足、足しか見えない。
 その足たちがざわざわと騒いで、ざわざわと叫んで、足、足、足。足が走っていた、足が跳んでいた、足が泳いでいた。
 そんな中、俺は一人で、耳を塞いでそれを見ていた。
 いや、「見させられていた」。

 足から逃げることはできない、何と言ってもあれは足、足と言えば速さの化身、速さの化身に速さで勝つことはできず、逃げることもできず、俺は足ではないから仲間にも入れない。

 足は遠くまで駆けて、俺の部屋にも入ってきた。
 カツカツという音。裸足のはずなのにどうしてそんな音がするのだろう?

 夢と現実の境目がわからない。俺の部屋にまで足が来ているのだから。
 こんな足は悪夢の中だけにしてほしいし、実際そうだった、そのはずだった。
 けれど追ってくる。逃げても隠れても追ってくる。足から逃げることはできなかった。
 足には意思がない、思考もきっとない。そのはず。足には頭がないから、自分の頭で考えることができないから、足は走っているだけ、何も考えずに叫んでいるだけで、足は悪くない。そう、誰も悪くはないんだ。きっと。そのはず。そのはずなのに。

 俺は頭が狂ってしまったから足が黒く見える。濁って見える。足が悪意をはらんでいるように見える。
 こんなのは狂気だ、おかしいんだ、間違っている。だけど世界はおかしくなんかない、全て正しくて、間違っているのは俺の方なんだ。おかしいのは俺の方。だってこれまでずっとそうだったし、世界は正しかった、そうだろう。
 けれども足は濁っている。
 おかしい。おかしい。こんなのはおかしい。

 逃げることはできない。
 だから俺は足を、



 何も変わりはしなかった。
 足は変わらず俺を「見ていて」、叫んだり跳んだり走ったりしている。
 足は。
 足は。
 足は。

 俺はたぶん、足が嫌いなんだろう。



 叫び声はまだ、響いている。
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