短編小説(2庫目)

 夏の海は本当に暑い。来なければよかったと後悔してしまうレベルには。
「夏だ! 海だ! ほのぼのマン!」
「なんだよほのぼのマンって」
「説明いる?」
「いるよ! 省略するな!」
「だって君もほのぼのマンに会いに来たんだろ? 7月22日海の日、ほのぼのマンが海に来ていると知ってここに来たんだろう?」
「違うよ! 俺はただ気分転換に歩いて15分のところにある海に来ただけだ」
「またまたぁ」
「またまたぁじゃない! 絡んでくるのやめろ、うざったい」
「えー。ほのぼのマンは全てのサツバツとした空気をほのぼのにする能力を持っているよ」
「ほのぼのにできてねえじゃないか」
「ほのぼの~」
「擬音で誤魔化すんじゃない」
「ほのぼの~」
 ほのぼのマンはほのぼの~と言いながら両手を上に上げてくるくると回り始めた。
「やめろ、目が回る」
「ほのぼの~」
「やめろってば」
「ほのぼ……うっ」
「うっ?」
「目が回った……」
「……」
 俺はじとっとほのぼのマンを見る。
 青いコスチュームに青いマント、そして頭に被った茶褐色の四角い袋。
「どう見ても不審者なんだよなあ……」
「失礼な。ほのぼのマンはほのぼのしてるから不審者じゃないよ」
「いや不審者だろ……第一俺以外にお前を見に来てる奴いないじゃないか」
「君は見に来てくれたんだね、ほのぼのマンを!」
「違うって、無理矢理見させられてるんだって」
「嬉しい!!」
 ほのぼのマンが俺にへろへろと寄ってきたので俺は逃げる。
「やめて本当にやめてソーシャルディスタンス守って。っていうかお前そんな袋被って熱中症にならないのか?」
「服の中に扇風機入れてるから大丈夫!」
「へえ……」
 最近のスーツアクターは高性能なんだな……
「スーツアクターとか言わない! ほのぼのマンです! 子供の夢を壊さないで!」
「高齢化進み切ったこんな街に子供とかいるのか?」
「君がいるじゃないか!」
「俺は子供じゃない、学生だ」
「子供じゃないか!」
「成人してるんだよ」
「子供じゃないか!」
「人の話を聞け」
 そりゃまあ成人したての学生なんて子供だという意見もあるかもしれないが、それでも法律上は成人なんだから成人として扱ってほしい。何せ一人前の責任能力があるとみなされてるんだぞ。そりゃ成人だろ。どう考えても。
「果たしてそうかな?」
「不穏な発言するのやめろ」
「君は本当に成人なのかな? 自分でそう思っているだけで、君の心はまだ幼子……」
「お前本当にほのぼのマンなのか?」
「なんで?」
「発言が悪役のそれ」
「いっけな~い、ほのぼのほのぼの~」
「本当にほのぼのマンやるならキャラ保てよ。不穏なこと言っちゃダメだろ」
「いやだってさあ……塩対応されたらちょっと逆襲とかしたくなっちゃうし」
「ヒーローのやることじゃないだろ……」
「ほのぼのマンはヒーローじゃありません」
「は?」
「実は悪の組織のボスだったんだよ」
「何その後付け設定。闇堕ちやめろ」
「悪の組織のボスだから今日はここで仕事をやめても許される! ほのぼのほのぼの~!」
「それがいいぜ。熱中症になる前に帰って冷たい飲み物飲んで涼しいとこで寝な」
「えっ」
 ほのぼのマンが一瞬固まる。
「は?」
「や……優しい……」
 硬直からすすすと俺の両手を掴もうとしてくるほのぼのマン。
「やめろ、ソーシャルディスタンス」
「やさしい……こんなに優しくされたの初めて」
「どれだけ優しくされ慣れてないんだよ……お前の周囲の環境疑うよ……」
「ほのぼのマンは本当は周囲の環境をほのぼのにしたくてほのぼのマンになったのかもしれない……」
「はあ……」
 それからほのぼのマンの家庭の愚痴を聞く羽目になったのだが、あんまりほのぼのじゃなかった。
 その後なんかノリで海で遊んだ。

 普通に暑かったのでやめておけばよかったと思いました。
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