勇者と魔法使いの相互無理解ライフ
「魔法使い」
「えっ」
部屋。にいたら、ノック音と一緒にまさかの声がしてアタシは扉の方を見る。
「入ってもいいか?」
「だめよ、アタシメイクしてないしパジャマ……」
「俺は化粧してないお前もパジャマ姿のお前も見たことあるだろ」
「花には恥じらいというものがあるのよ。駄目なものは駄目、今着替えるから待ってなさい」
「……」
「返事!」
「……待つ」
意外だった。勇者ちゃんはこういうの待たずに踏み込んでくるかと思ったけど。
っていうか、アイツなんでアタシの部屋になんて来たのかしら? 旅が始まって以来、一度もアタシの部屋に来たことなんてないのに。どういう風の吹き回しかしらね。
まあいいわ。来たってことは用があるんだろうし、さっさと着替えてメイクしちゃいましょ。
◆
「……待たせたわね」
「ああ」
そこは「全然」とか言うところでしょ馬鹿。だからアナタはモテないのよ。
「どうしたの、何かあったの?」
「いや、別に。散歩に行かないかと思って」
「散歩!?」
「散歩だ」
「大丈夫? 調子悪いの?」
「なんでお前に心配されなきゃいけないんだ。たまたまそんな気分になっただけだよ。ほら、行くぞ」
「ええー……」
「嫌そうだな!」
「嫌じゃないわよ、びっくりしてるの! だってアナタから散歩に誘われたの初めてだし……アナタも花の心を理解したのかしら」
「花の心って何だよ……」
「うふ、秘・密」
「はあ……行くぞ」
勇者ちゃんは先に立ってすたすたと歩き出す。そこは手を繋ぐとかちょっと後ろを振り返りながら歩くとかするところじゃない? やっぱりモテないわね、この子は……。
◆
すたすた歩いてどこの散歩コースを選ぶのかと思ったけど、勇者ちゃん……宿の周り回る流れじゃない、これ。
「勇者ちゃん……」
「何だよ」
「宿の周り回るの?」
「そうだが」
はー、とアタシはため息を吐く。
「もっといいコース知ってるからそこにしましょ」
「もっといいコース?」
「川の側をぐるっと回るコースよ」
「お前、いつもそこを歩いてるのか?」
「たまにね、たまに」
「なるほど」
勇者ちゃんは頷く。
そして先に立って歩き出そうとするから、
「ちょっと待ちなさいよ、アンタ道知ってるの?」
「そういえば知らないな」
「知らないのね……」
がく、とアタシの力が抜ける。
「大丈夫か?」
「誰のせいだと……アタシが先導するからついてきなさいよ、並んで歩いてもいいわよ」
「な、並んで!?」
「なんでそんなびっくりするのよ!」
「いやそんなの……仲良しみたいじゃないか」
「アタシたち一応相棒だから、仲良しみたいでもいいのよ」
「そう、か……そうか?」
「嫌ならいいのよ並ばなくても!」
「あ、並ぶ」
「並ぶんかーい」
勇者ちゃんはちまっとアタシの横に並んでまたすたすた歩く。
「歩調ぐらい合わせなさいよ。っていうかアンタなんでアタシより背低いのにそんな早足なの」
「考えてると早足になる」
「何考えてるの?」
「………」
「言いたくない?」
「いや、別に」
「言いたくないんじゃない、それ」
「言いたくないが」
「はー。アンタってほんと……」
「そういえば魔法使い」
「何よ」
「最近調子どうだ?」
「えっ」
勇者ちゃんがアタシの調子を聞いてくるなんて初めてよ。熱でもあるのかしら。
「調子……調子は、まあまあね」
「最近バーに来ていないとマスターから聞いた」
「……」
「お前、バーに通っていたのか」
「通ってちゃ悪い?」
「酒は身体に悪いぞ」
「アンタ自分も相当不摂生なのによく人にそんなこと言えるわね……」
「酒を飲むほどつらいことがあったのか」
「……ないわよ」
ここはこの回答が正解でしょう。勇者ちゃんに何を言っても仕方がないし。
「……そうか」
勇者ちゃんは頷く。
「何かあったらそうだ、ん……」
勇者ちゃんはぐ、と言葉に詰まり、口元を引き締める。
勇者ちゃん最近かなり挙動不審よね。やっぱり熱でもあるのかしら。
「んん。なあ、ボーイとかマスターとかに話してるか?」
「何をよ……」
「つらいこと」
「つらいことなんてないって言ったでしょ」
「そうか……」
勇者ちゃんは再度、頷く。
「本当にないのか?」
「ないわよ」
「………」
じ、とこちらを見詰める勇者ちゃん。本当にどうしちゃったのかしら。
「なあ魔法使い……」
「何よ」
「お前、過去に何かあったか?」
「ないわよそんなもの。仮にあったとしても、知らなくていいでしょそんなこと」
「あったとしたら、俺は知りたい」
「ふん。悪趣味ね。知ってどうするの?」
「それは……」
勇者ちゃんが言葉に詰まる。
「俺も……」
その顔に表情はない。最近挙動不審だけど勇者ちゃんは元々能面のような顔だった。可愛げの無い……それは言い過ぎかしら?
「いや、なんでもない……本人が無いと言うなら無いんだろう、それで……それでいいよな、うん、それでいい……」
表情のない勇者ちゃんは一人で頷く。
「それでいいよな」
「いいのよ。お互い踏み込まないのがアタシたちの関係性だし」
言ってしまってから気付く。これ、「過去に何かあります」って言ってるようなもんじゃない。
「そうだよな……」
勇者ちゃんは気付いてないみたいだった。鈍くて助かったわ。
「散歩コースはここまでよ」
「……そうか。お前はこれからどうするんだ?」
「買い物でもして帰ろうかしらね」
嘘だった。アタシは遠回りして宿に直行する予定で。
「じゃあ、俺も一緒に買い物する」
「な……」
「たまにはいいだろ」
「よくないわよ……」
「す、すまん……お前は俺が嫌いだったな」
「勇者ちゃんだってアタシのこと嫌いじゃない」
「……そうだな」
「そうよ」
「嫌いな奴と一緒に散歩するってどんな気分なんだろうな?」
「それはアンタも一緒じゃない。自分の胸に聞いてみたらどう?」
「……ふん」
眉を寄せ、鼻で笑う勇者ちゃん。
気を悪くしたかしら。でもそんなのいつものことよね。
「じゃあ、今度は一緒に買い物に行こう」
「え」
「お前への嫌がらせだ」
そう言い残すと勇者ちゃんはすたすたと歩いて行ってしまった。
「な、何よ……」
アタシはぽつんと川縁に残される。
部屋に戻るのも馬鹿らしくなっちゃった。
本当に買い物でもして帰ろうかしら。
そしてアタシは商店街へ足を向けたのだった。
「えっ」
部屋。にいたら、ノック音と一緒にまさかの声がしてアタシは扉の方を見る。
「入ってもいいか?」
「だめよ、アタシメイクしてないしパジャマ……」
「俺は化粧してないお前もパジャマ姿のお前も見たことあるだろ」
「花には恥じらいというものがあるのよ。駄目なものは駄目、今着替えるから待ってなさい」
「……」
「返事!」
「……待つ」
意外だった。勇者ちゃんはこういうの待たずに踏み込んでくるかと思ったけど。
っていうか、アイツなんでアタシの部屋になんて来たのかしら? 旅が始まって以来、一度もアタシの部屋に来たことなんてないのに。どういう風の吹き回しかしらね。
まあいいわ。来たってことは用があるんだろうし、さっさと着替えてメイクしちゃいましょ。
◆
「……待たせたわね」
「ああ」
そこは「全然」とか言うところでしょ馬鹿。だからアナタはモテないのよ。
「どうしたの、何かあったの?」
「いや、別に。散歩に行かないかと思って」
「散歩!?」
「散歩だ」
「大丈夫? 調子悪いの?」
「なんでお前に心配されなきゃいけないんだ。たまたまそんな気分になっただけだよ。ほら、行くぞ」
「ええー……」
「嫌そうだな!」
「嫌じゃないわよ、びっくりしてるの! だってアナタから散歩に誘われたの初めてだし……アナタも花の心を理解したのかしら」
「花の心って何だよ……」
「うふ、秘・密」
「はあ……行くぞ」
勇者ちゃんは先に立ってすたすたと歩き出す。そこは手を繋ぐとかちょっと後ろを振り返りながら歩くとかするところじゃない? やっぱりモテないわね、この子は……。
◆
すたすた歩いてどこの散歩コースを選ぶのかと思ったけど、勇者ちゃん……宿の周り回る流れじゃない、これ。
「勇者ちゃん……」
「何だよ」
「宿の周り回るの?」
「そうだが」
はー、とアタシはため息を吐く。
「もっといいコース知ってるからそこにしましょ」
「もっといいコース?」
「川の側をぐるっと回るコースよ」
「お前、いつもそこを歩いてるのか?」
「たまにね、たまに」
「なるほど」
勇者ちゃんは頷く。
そして先に立って歩き出そうとするから、
「ちょっと待ちなさいよ、アンタ道知ってるの?」
「そういえば知らないな」
「知らないのね……」
がく、とアタシの力が抜ける。
「大丈夫か?」
「誰のせいだと……アタシが先導するからついてきなさいよ、並んで歩いてもいいわよ」
「な、並んで!?」
「なんでそんなびっくりするのよ!」
「いやそんなの……仲良しみたいじゃないか」
「アタシたち一応相棒だから、仲良しみたいでもいいのよ」
「そう、か……そうか?」
「嫌ならいいのよ並ばなくても!」
「あ、並ぶ」
「並ぶんかーい」
勇者ちゃんはちまっとアタシの横に並んでまたすたすた歩く。
「歩調ぐらい合わせなさいよ。っていうかアンタなんでアタシより背低いのにそんな早足なの」
「考えてると早足になる」
「何考えてるの?」
「………」
「言いたくない?」
「いや、別に」
「言いたくないんじゃない、それ」
「言いたくないが」
「はー。アンタってほんと……」
「そういえば魔法使い」
「何よ」
「最近調子どうだ?」
「えっ」
勇者ちゃんがアタシの調子を聞いてくるなんて初めてよ。熱でもあるのかしら。
「調子……調子は、まあまあね」
「最近バーに来ていないとマスターから聞いた」
「……」
「お前、バーに通っていたのか」
「通ってちゃ悪い?」
「酒は身体に悪いぞ」
「アンタ自分も相当不摂生なのによく人にそんなこと言えるわね……」
「酒を飲むほどつらいことがあったのか」
「……ないわよ」
ここはこの回答が正解でしょう。勇者ちゃんに何を言っても仕方がないし。
「……そうか」
勇者ちゃんは頷く。
「何かあったらそうだ、ん……」
勇者ちゃんはぐ、と言葉に詰まり、口元を引き締める。
勇者ちゃん最近かなり挙動不審よね。やっぱり熱でもあるのかしら。
「んん。なあ、ボーイとかマスターとかに話してるか?」
「何をよ……」
「つらいこと」
「つらいことなんてないって言ったでしょ」
「そうか……」
勇者ちゃんは再度、頷く。
「本当にないのか?」
「ないわよ」
「………」
じ、とこちらを見詰める勇者ちゃん。本当にどうしちゃったのかしら。
「なあ魔法使い……」
「何よ」
「お前、過去に何かあったか?」
「ないわよそんなもの。仮にあったとしても、知らなくていいでしょそんなこと」
「あったとしたら、俺は知りたい」
「ふん。悪趣味ね。知ってどうするの?」
「それは……」
勇者ちゃんが言葉に詰まる。
「俺も……」
その顔に表情はない。最近挙動不審だけど勇者ちゃんは元々能面のような顔だった。可愛げの無い……それは言い過ぎかしら?
「いや、なんでもない……本人が無いと言うなら無いんだろう、それで……それでいいよな、うん、それでいい……」
表情のない勇者ちゃんは一人で頷く。
「それでいいよな」
「いいのよ。お互い踏み込まないのがアタシたちの関係性だし」
言ってしまってから気付く。これ、「過去に何かあります」って言ってるようなもんじゃない。
「そうだよな……」
勇者ちゃんは気付いてないみたいだった。鈍くて助かったわ。
「散歩コースはここまでよ」
「……そうか。お前はこれからどうするんだ?」
「買い物でもして帰ろうかしらね」
嘘だった。アタシは遠回りして宿に直行する予定で。
「じゃあ、俺も一緒に買い物する」
「な……」
「たまにはいいだろ」
「よくないわよ……」
「す、すまん……お前は俺が嫌いだったな」
「勇者ちゃんだってアタシのこと嫌いじゃない」
「……そうだな」
「そうよ」
「嫌いな奴と一緒に散歩するってどんな気分なんだろうな?」
「それはアンタも一緒じゃない。自分の胸に聞いてみたらどう?」
「……ふん」
眉を寄せ、鼻で笑う勇者ちゃん。
気を悪くしたかしら。でもそんなのいつものことよね。
「じゃあ、今度は一緒に買い物に行こう」
「え」
「お前への嫌がらせだ」
そう言い残すと勇者ちゃんはすたすたと歩いて行ってしまった。
「な、何よ……」
アタシはぽつんと川縁に残される。
部屋に戻るのも馬鹿らしくなっちゃった。
本当に買い物でもして帰ろうかしら。
そしてアタシは商店街へ足を向けたのだった。