短編小説(2庫目)

 遠くに行ってわからなくなった。
 祖父を見ているとそう思う。
 何もできなくなって、何もわからなくなって、ただ食べて寝るだけ。
 そんな日々を過ごしているのだ、あの人は。

 祖父を見ると老いという名の現実を目の当たりにしてしまうのであまり見ないようにしている。

 だが夢の中では幸せらしい。
 昔勤めていた会社の人々と会ったり、孫である俺と会ったりするそうだ。
 誰とも本当に会ったりはしていないのに、夢で会うだけで幸せだというのなら、人間の本当の「真実」とは何なのか、よくわからなくなる。

 貧しくても苦しくても身体が動かなくても夢の中で幸せならばそれは幸せと言うのだろうか。
 どこかの国の作家でそれを話のオチに持ってきた人がいたな。
 誰だったか、名前はもう思い出せないけれど。

 お腹が空いた、とか、もう寝たい、とか、トイレに行きたい、とか、祖父は自分のことばかり言う。
 そう言わないと生きていけない生物になってしまったからもう仕方がないんだと思う。思うのだが、駄目なのだ。
 元気だったころの祖父を思い出して、それがこんな風になったことを俺は、悲しんでいるのかもしれないし、嘆いているのかもしれないし。
 よくわからないのだ。自分のことさえよくわからないのに、祖父のことなんてわかるはずがない。ましてや本人が幸せかどうかなど。

 どうでもよかったんだ。どうでもよかったはずだった。

 買い物に行った。祖父にやる菓子を買いに。
 せめて夢以外の楽しみでも差し入れようと思った。

 逃げ道がなくて、そうだ、俺だって、夢の中で幸せならば幸せなのだろう。

 毎日見るのは悪夢だけれど。

 祖父にやるチョコレートを一つ、開けて食べた。
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