短編小説(2庫目)

 俺はどこにいた?
 俺はどこにいたんだ?
 いつの間にか、迷子になっていた。
 魔王討伐の命を受け、旅に出て、魔王城の前の森で……迷っていたのか。
 それで?
 仲間は……おかしいな、いたような気がしたんだが。
 ひょっとするといなかったのかも。
 おかしい。おかしいな。なんだかとても時間が経ってしまったような気がする。
 周囲を見ても霧しかない。
 みんなどうしてしまったのだろう。

 とりあえず直進する。霧の中で直進してもぐるぐる回るだけと聞いたことがあるが、それ以外の方法が見つからないので直進する。
 直進、すると、草原に出た。

 ここはどこだ?

 見渡しても魔王城は見えない。
 森の向こう側、あの大きな城が確かに見えていたはずなのに。
 どこか遠いところに来てしまったのだろうか。

 草原には魔王城の代わりに塔が立っていた。
 白くて半透明の、濁った塔。
 あの塔はなんだろう。
 念のため周囲を警戒しながら、俺は塔に寄る。

 風が吹いている。
 草花が揺れている。
 そんな中で、半透明の塔はあまりにも場違いだった。

 塔の下に着く。
 俺は塔を見上げる。
 そう高くもないが低くもない。中途半端な高さの塔。
 既視感。
 いつだったか、この塔に来たことがあっただろうか。
 いや、そんなはずはない。旅の途中にこんな草原はなかったし、塔もなかった。俺は一直線に魔王城に向かって、森に入って、一人で?
 おそらくそうだろう。
 それで迷って……
 一人で?

 一人かどうかはどうでもいいんだ。気にすることじゃない。
 問題は魔王城がどこにあるかということ。ここはどこなんだ。手持ちの地図にはこんな塔はない。地図の外に出てしまったのか?
 青かった空に雲が出てくる、灰色になる。
 塔は。
 この塔は。
 俺は、何かを忘れている。

 めまいがして、塔の壁に手を触れる。
 ぐらり。
 塔が傾く。
 危ないと思ったときにはもう遅かった。



『魔王は悪』
『世界の敵』
『それは勇者の対存在、お前は責任を取らねばならぬ』
『魔王を倒せ』
『悪しき魔王』
『さすれば世界は――』

 王は言った。世界は言った。
 魔王は俺、俺は魔王、俺たちは世界。
 二人で一つ、しかし魔王を呼んだのは――

 魔王は死んだ。



「う……」
 目を開ける。空は灰色。今にも降りそうだ。
 そうだ。
 魔王は。
 この世界は、終わったのだった。

 魔王は悪、魔王は忌み子。
 王は、世界は俺にそれを殺せと言った。
 俺は森を抜けて魔王を殺した。
 魔王は死んで、世界は滅びた。
 滅びた世界で俺は塔を積んだ。「魔王の死」、その事実を背負うことに耐えきれず、濁った素材でただただ塔を積んだ。
 いつしか迷って何もわからなくなって、俺は。

 魔王は死んだ。
 世界は終わった。
 そこに意味があるのかどうかはわからない。
 魔王は最後に……私のことなど忘れて生きろと言った。
 俺は塔を積んだ、罪を背負って塔を――

 空が曇っている。
 世界は終わった。
 俺ももうそろそろ、行かないと。
 崩れた塔の欠片が薄くなり、消える。
 俺は扉を開く。
 そうだった、ここは魔王城の……

 光の柱が立ち上がる。
 そうして俺は立ち去った。
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