短編小説(2庫目)

 箱を埋めたのは遠い昔。
 その箱の中身も気にならなくなったころだと思って箱を掘り出した。
 箱の中身は真っ黒になっていて、さながら黒い穴のよう。
 試しに手を入れてみた、が、どこまで続いているのかわからない。怖くなってきたので手を戻す。
 箱。俺はもう一度蓋を閉じて、埋め直した。

 しばらく経って、中身のことが気になってくる。
 箱には何を入れたっけ?
 なくなったうさぎと、虚無と、■への■■を入れたんだっけ。
 思い出してしまった。不思議と血の気が引いてゆく。そんなことは思い出さなくてもよかったのに。

 そんなことは別にどうだっていい。大事なのは箱を埋めること。
 待てよ、もう埋めたんだった。それじゃあなぜ箱は今ここに……俺の横に戻っているんだ?
 もう一度埋めた方がいいのだろうか、しかし埋めてもまた出てくるんなら意味がない……だが箱がここにあると生活の邪魔になる。やっぱり埋めるべきなのだろうか。
 すっかり忘れて過ごしていたのにどういうことだろうか。きっと自分で引っ張り出してしまったんだ。だから箱がここにある。愚かだ。愚か、本当に愚か。救いようのない……
 いや、やめよう。自責は過去だけでいい。今のそれは置いておくべきなんだ。なんてことは誰が決めたのか、きっと別の俺だな。これを埋めるか埋めないか、それを決めるのは……俺ではなく、箱の中身なのだろうか?

 箱の中身は死んでいる。死んで、全く動かないし、物も言わない。
 それは最初から失われていた。あったはずだった、しかし在る前に失われていた。
 どういうことなのか? 俺自身にもわからない。それがわかりさえすればもっと楽になったのだろう。
 楽?
 楽な人間などいるはずがない。大なり小なり誰もが箱を抱えている……それが人間だと。そう思ったはずではなかったのか、いつ?
 きっと未来だろう。
 ここは現在。現在では何もかもが静止する。箱も、俺も、思考も、思想も。
 ではどうすれば?

 俺は箱にガムテープをぐるぐると巻いた。
 こんなことをしなくても箱の中身は出てこないし、こんなことをしても箱の存在は変わらないし。
 中身は「無」なのに箱は「有」なんだから始末が悪い。虚無が在るなんて困ってしまう。いや、虚無が在るのではないのか、虚無の入れ物がある……それは虚無が在るというのだろうか?
 つまりうさぎの虚無は今も「在る」……それならうさぎはここに「在る」?

 空辣な論を回したってどうにもならない。箱はここにあり、うさぎは死んだ。それだけが明確な真実なのだから。
 ただファンタジーに逃げることぐらいは許してもらってもいいだろう。それをファンタジーと呼ぶのかどうかは疑問だが。
 うさぎの虚無がここにあるのなら虚無はうさぎを含み、されどうさぎはもう「無」であるのでそこにあるのはうさぎの虚無だけ、■への■■だけ、二つを一緒に入れておく方が間違っているが、二つは不可分、うさぎの虚無がある限り■への■■も引っ張り出されて「在る」のが道理。
 それを、在るものを、どうしたらいいのかわからない。わからないのが人生、人生? これは人生なのか? それとも永遠の停滞なのか?
 停滞など存在しないとわかっていながら回しているのは生存なのか?
 うさぎは死んだ。死んだ。死んだ。
 それならどうする?
 弔っても弔っても虚無が消えない。
 それならどうする?
 箱のガムテープを引きはがす。

 俺は虚無を、視た。

 そこからどうなったのかは知らない。
121/157ページ
    スキ