短編小説(2庫目)

 いったいどうしてしまったのか。
 そのときはそう思った。
 塔の材料が全て劣化してしまったときは。
 だが理由はわかりきっていたのだ。
 劣化すべくして劣化した。
 そういう声。
 そういう決まり。
 決まりきっている、概念じゃない、現実。
 だからといってこの場所から逃れようとも思わなかった。俺にはここしかない。ここで生きるしか方法がない、それ以外は考えられなかったから。
 そんなことすらどうでもいいとしてしまう俺のこの事なかれ主義にはうんざりするが、そうでもしなければ平静でいられなくなるんだから仕方がない。
 決まりきった現実と向き合うのが負担でも、材料を積んでいればなんとかなるし。見なかったことにすればいいし。
 手の中で材料は砕けるが、かき集めて丸めればいい話だし。
 そんな作業にもそろそろガタがきそうになっている。
 材料ばかりか俺の方に問題が起き始めてしまったからだ。
 どうしてかって、理由は一つしかない。
 決まるべくして決まった理由。それ以外には。
 だからといってどうするわけでもない。
 探し物が見つからないまま終わってゆくのはよくない。
 よくないのか?
 わからない、何も。
 俺は封殺されるのだろうか。
 ■に。
 記憶の中ですら。
 わからない。
 どうすればいいのかわからない。
 誰かに訊くでもすればいいのか。ところが世界は終わっている。終わらせたのは誰か、俺か、■か、それとも世界自身なのか。
 正確なものが、真実が一つもなくなった世界でどうやって前を向ける? 己のそれすら真実だとわからなくなった世界で。
 他人はそれを真実と信じて生きていたのだろうか。何一つ真実であることなどないということこそが真実だったとしたら、それを知って正気でいられる人間はいるのか?
 わからない。■はたぶん、見なかったことにするだろう。それでも真実とはあるし、真実であることになっているもののことを疑いもせずに信じるだろう。
 忘却。誤魔化し。そういう存在。
 俺は?
 俺は、混乱したあと、信仰するだろう。真実であることになっているものを心の中では信じられないまま、信じたことにするだろう。
 それは■と何の違いがある?
 見なかったことにする、それは不実ではないのか。
 真実のなくなった世界で不実も誠実もない、そうだろうか。
 わからない。何が正しいのか。
 ただ、俺のこれは「正しくない」とされるものだから、そうだからこそ、「真実」を認めるわけにはいかず、ゆえに「真実」は破壊されなければならない。
 しかし俺は耐えられないのだ、何一つ正しいものがない世界には。
 ならばどうする?
 積み続ける。
 それだけが答えだ。
 ■と同じ、見なかったふりをして、劣化した材料を積み続けるよりほかはない。
 それは逃避。
 それは怠慢。
 永遠にそれと向き合えぬまま、俺も終わってゆくのだろう。
 そのことが今日も悲しかった。
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